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人生はボードゲームのように。遊びと友情が導いてくれた私の居場所

2026.03.05 01:02

このコーナーでは、世界のさまざまな場所で子育てに向き合うママたちと語り合いながら、「みんなで育てる」という視点をゆっくり探っています。

今回お話を伺ったのは、2人のお子さんを育てながら、自分らしい生き方を大切にしている韓秀蘭(ハン・シュウラン)さん。

母として、ひとりの女性として、彼女をそっと支えてきた「人とのつながり」はどんなものだったのか──。そのあたたかな道のりを、静かにひもといていきます。


韓 秀蘭(ハン・シュウラン) さん

出身地: 福州(中国)
現在の居住地:上海(中国)
お子さん: 長男(3年生)、次男(年長)


―まずは自己紹介を兼ねて、蘭さんのふるさとについて教えていただけますか?

私は、中国の福建省にある福州という街で育ちました。その後11歳のときに日本へ引っ越し、日本の公立小学校に2年間通ったあと、中華学校に転校して高校まで通いました。

幼い頃は本当にのびのび過ごしていたと思います。中国では珍しいかもしれませんが、両親から一度も成績のことで叱られたことがありません。両親は田舎の出身で、勉強よりも働くことを大切に考えていたんです。だから「バイトに行きなさい」とはよく言われていましたが、勉強や学校生活については一切口を出されなかったから、とても自由に過ごせました。

親が「頑張れ、頑張れ」と背中を押してくるタイプではなかったので、私も何かを強く頑張るというよりは、自然体で生きてきたんだと思います。特別に裕福な家庭というわけでもなかったけれど、プレッシャーもなく、本当にのびのび育ちました。

―素敵ですね。子どものころの思い出で、とくに心に残っているものはありますか?

田舎だったので、家の前には一面田んぼが広がっていました。稲刈りの季節になると、刈り取った稲が積まれていて、その上に寝転んで丸一日を過ごした記憶があります。あの稲の香りや秋の澄んだ空気は、今でも体が覚えているほど大好きです。だから自分の子どもにもそんな感覚を味わってほしくて、よく公園に連れて行ったり、紅葉を見に出かけたりしています。

好きな季節はやっぱり秋。秋は収穫の時期だから、おばあちゃんを手伝って、芋をスライスして干したりしていました。夏は台車に乗ってすいかを割って、手づかみで食べたり。素手でパン、パン!と割って、そのまま豪快に食べるんですよ。あとは鬼ごっこや隠れんぼもしました。

それから「飛行棋(フェイシンチー)」という、飛行機を動かすボードゲームが中国にあるのですが、小さいころはそれでもよく遊びました。本当によく遊んだ子ども時代でした。

―当時の様子が浮かんでくるようですね。そんな温かな子ども時代を過ごした蘭さんが、今はどんなことをしながら日々を送っているのか教えていただけますか?

今は、自分の子どもたちが通う学校で働きながら、上海で暮らす日本人・中国人の子どもたちが一緒に遊べるグループの代表をしています。WeChatのグループチャットには現在400人以上が参加していて、毎月いろいろな場所へ出かけています。

春はたけのこ掘り、夏は田植えや魚つかみ、秋には稲刈り体験へ。屋内では、小籠包やお寿司づくり、タイダイ染め、航空会社でのお仕事体験など。

そのほか、毎月ママたちだけで集まってボードゲームを楽しむ会や、ママ向けの中国語交流会なども主催しています。


母親としての日々

―どれもワクワクするような活動ですね。それぞれ、どんなきっかけから始まったのですか?

私はいま上海市内に住んでいますが、その前は奉賢区という郊外に住んでいました。当時はわりと内に閉じた暮らしをしていたと思います。周囲には子どももママ友もほとんどおらず、ほとんど社宅の敷地から出ない生活を3年ほど続けていました。子どもたちも、同年代の子と遊ぶ機会はほとんどありませんでした。

そんななか、上の子が2歳半くらいのときに発達グレーゾーンの可能性を指摘されたこともあり、当時は積極的に人と関わるよりも、家族の時間や心の平穏を優先する暮らしを選んでいました。

―今とはずいぶん異なるライフスタイルだったんですね。

そうなんです。でも、奉賢での生活は私にとって孤独ではなく、むしろ幸せで穏やかな暮らしでした。一軒家を好きな内装にして、広い庭で毎日子どもと遊んで。車も来ない安全な庭で、自転車に乗ったり砂場で遊んだり。一日があっという間に過ぎる、満たされた日々でした。唯一いなかったのは友達だけ。

思い返せば、子どもが生まれたときに友達から「社会から隔絶されちゃうよ」と言われたことがありました。でも、当時の私はあまりピンときていませんでした。子育てという社会だってあるし、それで十分幸せだったんです。

―守られた環境の中で、心穏やかな日々を送っていたんですね。

そうですね。その後、子どもが幼稚園へ入ることを機に、上海市内へ引っ越してきました。ただ夫はいまも奉賢で働いているので、平日はいわゆるワンオペ生活です。

兄弟が大きくなるまでは本当に大変で、外に出かける余裕もありませんでした。上海に来た当初は「これでやっと外で子どもたちを思い切り遊ばせられる!」と楽しみにしていたのですが、実際はワンオペ生活が想像以上に忙しくて。心が疲れてしまい、また外に出なくなってしまいました。結局、奉賢のころと同じように、幼稚園の送迎と近所の公園だけという生活を上海でも3年ほど続けていました。

―上海に来てから環境は変わったけれど、すぐに外の世界へ踏み出したわけではなかったんですね。

そうですね。私はもともと、人付き合いにあまり自信がなくて。ママ友トラブルの話もよく耳にしていたし、「ちょっと怖いな」くらいに感じていたんです。だから上海に来てからも、しばらくその気持ちを引きずっていたというのもあります。

ただその後、二人の子供たちがそれぞれ小学校と幼稚園に進んだことをきっかけに、少し時間の余裕ができてきました。同時に、クラスのママさん達とも自然に関わりが生まれて、そこから少しずつ外に出る機会ができました。

―子どもたちの進学をきっかけに、少しずつまた外の世界とつながり始めたんですね。

そうなんです。そんなとき、手帳の会を主催していたママさんと出会って、その会に参加してみたらすごく楽しくて。何回か通ううちに、私にとって大切な癒やしの場所になっていきました。ところが、しばらくして主催者の方が日本へ帰国されることになってしまって……。また行き場を失ったような気持ちになり、思わず「寂しいなぁ」とつぶやいたんです。

そしたら別のママさんが、「ここで中国語の交流会、開いてくれませんか?」と言ってくれたんです。「そうしたら、毎月またここで会えますよね」と。その言葉が本当にうれしくて、ゆるやかな形で交流会を始めることにしました。

―人とのつながりが、また新しい世界をひらいてくれたんですね。

本当にそうです。長男の小学校でも、「この人なら声をかけられそう!」と思えるママさんに出会えて。思い切って「お茶しない?」と誘ってみたら、「同じマンションのママも誘っていい?」と言ってくれて、最終的には5〜6人で会うことになりました。うれしかった反面、人が多いのはやっぱり少し不安で(笑)。だから少しでも場が和むようにと、ボードゲームを持っていくことにしたんです。


蘭さんのコミュニティについて

―ボードゲームを?その発想がすごく面白い。

もともと、夫が社会人向けのボードゲーム会を運営していて。私も毎週のように参加していたんです。同じゲームでも、遊ぶ人によって雰囲気が変わって、いろんな楽しみ方ができるから全然飽きなくて。とにかく、みんなで大笑いして楽しく過ごせるんですね。だからゲームがあれば、絶対に距離が縮まると思ったんです。

―旦那さんのボードゲーム会によって、蘭さんのなかにゲームという選択肢がもともとあったんですね。

はい。ゲームがあると、人数が多いときでも角が立たずにみんなで楽しめるんです。それに、子育てってどうしても子どもの楽しみが優先になりがちだけど、ママ自身が楽しむ時間も本当に大切。ワンオペで頑張っているママも多いし、ゲームをしている間は大変なことを全部忘れて夢中になれる。ママこそ「遊び」と「笑い」が必要だと思います。

―そんな思いから、最初は思いつきで持っていったボードゲームが定期的な集まりに発展していったんですね。

そうですね。私が主催するボードゲーム会に集まるのは、基本的にママたちばかりです。みんなストレスを抱えていても、ゲーム会に行くと癒されて「今日は久しぶりに大笑いしたよ」なんて言う人も多くて。実際、私が一番癒されていたと思います。

―蘭さんにとって、ボードゲーム仲間とはどんな存在ですか?

子育ての話はあまりしないけれど、何かあったときに心の拠り所になる人たちです。子育てがはじまってからは、夫が主催するボードゲーム会のほうにはなかなか行けなくなったけれど、グループチャットで毎日つながっていて。みんながゲーム情報を送ってくれたり、ブログ更新のお知らせが流れたり。ただの何気ないやり取りなんだけど、それだけで心が満たされるし、つながっている感じがするんです。

季節のイベントにはできるだけ参加するようにしていて、クリスマス会、餃子づくり、夏のバーベキュー、秋のカニツアーなど、一年を通して集まる機会があります。十年以上続いているから、すでに上海を離れた人もいるけど、私にとってはずっと続いていく大事なコミュニティです。


蘭さんのコミュニティ作りについて

―素敵ですね。コミュニティといえば、蘭さんは上海に暮らす子どもたち向けのイベントグループも主催しています。この活動についても教えてもらえますか?

昨年から、上海に暮らす子どもたち向けにイベントグループの主催者をしています。日本人家庭、または日本に縁のあるご家庭を対象に、上海での遊びや暮らしが豊かになるよう応援しています。すべてボランティアで運営しているグループです。

活動内容は、季節ごとの自然体験や、日中両国の文化に触れられるようなイベントが中心。たとえば昨年の夏は、レンコン掘りや蓮池のボートクルーズに行きました。ちなみに、毎年夏には日本風の大きな夏祭りを開催しています。何百人もの家族が遊びに来てくれて、とても賑やかになりますよ。

―すごく楽しそう。どういう経緯でその活動に関わるようになったんですか?

このグループはもともと、上海に住んでいた二人のママが立ち上げた場なんです。私はその二人と元から知り合いで、一人はボードゲームつながり、もう一人は長男が一年生のときに一緒にクラス委員をしていました。そのときの私の動きを見て声をかけてくれたようで、最初は参加者に近い立場でグループに入りました。

―そこも、人とのつながりがきっかけだったんですね。そこからどうやって主催者を引き受けることになったんですか?

主催者の方が日本へ帰国することになったとき、直接頼まれたんです。「次の代表をやってくれない?」って。それで夫とも相談したのですが、私はもともと夫のボードゲーム会の運営をそばで見ていて、場づくりや人との関係づくりについて自分なりに学んできたところがありました。だから一日じっくり考えて、引き受けることにしました。

―それだけ大きなグループを率いるのは勇気がいると思いますが、それでも引き受けたのは、このグループが蘭さんにとっても特別な存在だったから?

実はそこまで大きな動機があったわけじゃなくて。「頼まれたから」というのがいちばん正直なところです。ただ、これからもみんなが楽しく参加できる場所が続いてほしいなと思って、強いて言えばそれが理由です。

―グループでは自然体験をたくさん企画されていますが、それはやっぱり蘭さん自身の子ども時代の経験から?

そうかもしれません。自然のなかで遊ぶって、やっぱり純粋に楽しいですよね。最近、「子どもを体験イベントに連れて行かなきゃ」とプレッシャーを感じるお母さんが多いのですが、本来の体験とはもっと日常の中に自然とあるもの。近所の公園で遊ぶだけでも十分なんです。

ただ、上海にはさまざまな言語の壁があります。せっかくいろんな機会があっても、参加方法がわからなかったり、現地での案内が理解できなくてうまく参加できないことも多い。だからこそ、このグループの意義があるんだと思っています。自然体験や工場見学のように、自分では手配しにくい企画をあえて増やしているのはそのためです。

―私も実は、蘭さんのグループのイベントに参加したことがあって。最初はたけのこ掘りのイベントだったのですが、蘭さんがバスの中で「昨夜は楽しみすぎて眠れなかった」って話していたのがすごく印象的でした。今後、この会をどんなふうに運営していきたいですか?

代表になってからずっと考えているんですが、実は特別な目的はないんです。運営メンバーにも「目的は?」と聞かれたけれど、本当にない(笑)。

ただひとつ、自分のなかで大事にしている軸があります。それは「みんなで楽しく遊ぶ場所であり続けること」。来てくれた人の気持ちを一番に考えて、誰もが安心して参加できる場所でありたい。その思いだけはずっと変わりません。

―参加者の皆さんへの愛がすごく伝わってきます。そんな蘭さんにとって、「愛情」とはどういうものですか?

愛情と聞いてまず思い浮かぶのは、友達の存在です。私は友達が大好き。家族だと、甘えたり頼ったりして雷が落ちることも含めて愛情だけれど、友達とは関わり方が違いますよね。友達とは「一緒に楽しむこと」が何より大切で、そこで共有した時間や思い出が、互いの心に残っていく。

今日こうして会話している間にも、私たちの間に小さな何かが積み重なっていきますよね。一緒に笑って、遊んで、ちょっとした時間を共有する。その積み重ねが、友達との愛なんだと思います。

―友達や場作りにいつも向き合っている蘭さんらしい言葉ですね。

そして家族にもまた別の愛があります。今でも覚えているのが、長男をはじめて出産したとき、赤ちゃんの顔を見てもしばらく「自分の子だ」という実感が湧かなくて。新生児って、ずっと寝ているし(笑)。

でも、生後1ヶ月のときに長男のへその緒が膿んでしまって、病院に連れて行ったんですね。そのとき、長男が泣きながらじーっとこちらを見てきて。もう、助けを求めるような目でずっとこっちを見てくるんです。あの目を見た瞬間、「この子は私が守らなきゃ」と。胸が突き刺されたような気持ちがして、「あぁこの子は私の子だ、守らなきゃいけないんだ」と鮮明に思ったことを覚えています。その瞬間、私のなかで母としての愛情が芽生えていったと思います。

そのことからも感じたのは、愛情はすごく個別性の高いものだということ。対象によって形がまったく違うんです。子どもには子どもへの愛、夫には夫への愛、友達には友達への愛。それぞれを同じように分けることはできないし、均等でもない。相手に合わせて心を満たしてあげること、それが私にとっての愛情です。

―相手によって形が変わる、とても個別的な愛情。すごく素敵な考え方だと思います。

みんな求めているものが違いますよね。日本語だと、「思いやり」という言葉が近いかな。「大好き」「愛してる」だけでは表せない形の愛がある。そしてそれは多くの場合、長く続いていくものなんだと思います。

ボードゲーム会でつながった仲間も、子どもの話をするわけじゃないのに、気がついたら子どもの面倒を見てくれたりする。そしていつか、子どもたちが成長して「ゲームしたい」と言い出したら、一緒に楽しめるかもしれない。そういうふうに、静かに脈々と続いていくものなんだと思います。

―2世代のボードゲーム会なんて最高ですね。子どもたちが大きくなったら、本当に実現しそう。

そう。実はもう、少しずつ実現していて。実は去年、中学生のお子さんが参加したんですよ。そのくらいの年齢になると、大人が合わせなくても自然にゲームを楽しめるので。親の許可を得て、夜8時までみんなで一緒に遊びました。

―そうなると、10年後がますます楽しみですね。蘭さんの子どもたちも、きっと参加してるはず。

そうですね。だから、誰にとっても「遊び」と「笑い」は大切なもの。特別なことをしなくても、人が集まって楽しい時間を共有すれば、そこには自然と愛情が生まれます。そう考えると、私にとって人生とはボードゲームみたいなものだなと感じます。


取材・文・編集/岸 志帆莉