第5回釜ヶ崎越冬闘争は無料宿泊所の闘い 稲垣浩は3泊4日の留置を連続3回
今から52年前の1974年の12月末から1975年1月初めにかけて花園公園(旧四条が辻公園)で行われた第5回釜ヶ崎越冬闘争のさなか、仕事の無い年末年始の臨時宿泊所として開設された和泉市の信太山近くにあった青少年会館において、宿泊中の労働者に「1月4日に出されて釜ヶ崎に帰ってきても仕事が無い。松の内(1月7日ころまで)が明けるまでは閉鎖しないよう期間の延長を求めよう」と話し合いをしている最中に住居不法侵入の現行犯として逮捕され、岸和田警察署に留置され3泊4日で釈放されました。
釈放直後、パトカーに乗せられ西成警察署に留置されました。その理由はこれも年末に臨時宿泊所として開設された西成区天下茶屋にある自彊館の屋上に建てられたプレハブに空きがあるなら宿泊させてほしいと労働者と共に自彊館1階の受付に申入れに行ったところ、「もういっぱいになっていて空きが無い」と断られたので花園公園に戻り、そのことを労働者に伝えました。するとすでにそのプレハブに宿泊している労働者が居て「稲垣さん、屋上のプレハブに空きがありますよ。自彊館が言ってることはウソですよ」と教えられたので、その場に居た40人くらいの労働者と共に自彊館に取って返し、「ウソつき、空いとるやないか」と叫びながら労働者と共に屋上まで階段を駆け上がり、プレハブの中を見るとまだ何人も泊まれる空間がありました。稲垣はプレハブで宿泊できるよう要請して花園公園に戻ってきたわけですが、このことが住居不法侵入等での事後逮捕となり西成警察署に留置され3泊4日で釈放されたのです。
稲垣は釈放されたその足で北区の天六にある大阪市の大淀寮に行き、期間の延長を求めることを宿泊している労働者に伝えるべく、開設された無料宿泊所のドヤを開けて敷地内に一歩踏み込んだ途端、中で待ち構えていた私服警察官に住居不法侵入で逮捕され、大淀警察で3泊4日留置されました。
3泊4日の留置が3回連続で続き、大淀署を釈放されたのが1月12日。その足で花園公園に行くと、越冬のために建てたテントは無く、公園の中では火を焚いて一斗缶で自炊をしている労働者の姿が見えました。
稲垣の姿を見て労働者は「ワシら食うや食わずやの生活をしているのに、あんたらは突然テントをたたんでしもうて、あんたら、ワシらのことどう考えてとるんや。自分達の都合だけでテントを張ったりたたんだりしているんとちがうか」と批判しました。
稲垣は労働者の批判はもっともだと思い、再度テントを張ることを呼びかけましたが、結局稲垣を含めたたった3人でテント張りの再開のために動き出したのです。
稲垣はそれまで越冬を支援してくれていた京都大学の自治会である同学会に事情を話し、同学会より5つのテントを借りることができました。今も感謝の念を持ち続けています。(釜ヶ崎の2・26事件へと続きます)
花咲かじいさんの花壇
太陽の光を浴びてタチアオイの葉が大きく育ち、菜の花も咲いています
花咲かじいさんの花壇の銀座通りに面したフェンスにバラの枝が広がり、もうすぐ蕾ができそうに育っていますが、その枝の上部の一部分が心ないだれかの手によってあわれにも切断されていました。
毎年見事な花を咲かせるタチアオイも順調に育っています。先日も花壇入口近くのフェンス越しに40代の労働者の方が「下から順番に咲く花があるでしょ。名前は知らないけど。え?タチアオイと言うの?あの花が楽しみでね」と声をかけてきました。
満開のしだれ梅をフェンスの外からスマホで撮影している男性と女性には、花壇の中に入ってもらい自由に撮影してもらいました。「ありがとうございます」と、とても喜んでおられました。
花咲かじいさんは毎日花壇に来られていて、見違えるようになりました。皆さんも温かく見守っていてください。
今後の予定
センターはこの街の宝です
3月10日(火)
大阪城の天守閣下の屋根より大阪府知事吉村洋文にセンターつぶすな、シャッター開けろ、強制排除反対と声をあげたことによる刑事裁判の第3回公判前整理続き(非公開)
4月22日(水)午後1時20分
大阪高裁
日本維新の会交野支部幹事長(2023年4月当時)が、釜ヶ崎労働者に対する差別をあおり稲垣浩の選挙妨害をした裁判の控訴審
2026年3月2日
釜ヶ崎地域合同労働組合・釜ヶ崎炊き出しの会・いながきひろし事務所
大阪市西成区萩之茶屋2‐5‐23 釜ヶ崎解放会館1階
電話(6631)7460
ファックス(6631)7490
釜合労のホームページhttps://www.kamagourou.com
E-mail info-kamagasaki@kamagourou.com