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つねに多くのことを学びつつ年をとる―勝又泰洋の学問日記―

装いを新たに再登場した神話学の名著

2019.03.09 13:21

2010年代の最後の数年、神話学関係の書籍が相次いで刊行されている。思いつくかぎりで具体例を挙げてみよう。まず、最新の理論として注目を集めている「世界神話学」関係の2冊、すなわち、篠田知和基『世界神話入門』(勉誠出版、2017年)後藤明『世界神話学入門』(講談社現代新書、2017年)。また、神話学の総論的書物が2冊現れたのも見逃せない。山田仁史『新・神話学入門』(朝倉書店、2017年)松村一男『神話学入門』(講談社学術文庫、2019年)がそれだ。植朗子・南郷晃子・清川祥恵(編)『「神話」を近現代に問う』(勉誠出版、2018年)は、「神戸神話・神話学研究会」(関西を拠点とした神話学の研究グループ)のメンバーによる、専門論文集だ。加えて、神話(学)の実用性をテーマとした一般向けの書物として、河合隼雄『神話の心理学―現代人の生き方のヒント』(岩波現代文庫、2016年)および沖田瑞穂『人間の悩み、あの神様はどう答えるか―世界の神々と神話に学ぶ人生哲学』(青春文庫、2018年)は注目に値する。どうみても偶然の産物とは思えないこの出版ラッシュは、長らく神話学の勉強をしている僕にとって、嬉しいかぎりの「事件」である。

 そしてこのたび、もはや図ったとしか思えないタイミングで、新たな一冊が上記の書籍群に追加されることとなった。大林太良『神話学入門』(詳細は下のリンクを参照)である。著者の大林太良は、本国の神話学研究者でおそらく知らない者はいない、斯界の大人物だ。もはや故人となってしまった大林(2001年没)だが、今回の出版物は、いまから50年以上前(!)に彼が世に出した同名の書物(中公新書、1966年)の新装版である。ただ、内容はまったく同じというわけではなく、上でも名前を出した山田仁史氏による、すこぶる有益な「解説―探究にいざなう神話語り」が付されている(215~226頁)。この解説では、主に大林書の学問史的位置づけとその基本的性格について語られており、これが僕の再読(原書はくり返し繙いてきたので、じっさいのところ、「再」を何個付すべきかわからない)の良い道案内になりそうなので、以下、(超)簡略化のうえ、メモしておきたい。

 大林神話学の最大の特徴は、「ドイツ語圏の、歴史や宗教につよい関心を寄せる民族学」(「解説」217頁)に基礎をおいている、ということだ。大林は、「世界像」(Weltbild)の議論で知られる、かのイェンゼン(Adolf Ellegard Jensen、1899~1965)の弟子であり、たとえば本書の第VII章「世界像の諸類型」では、このドイツの民族学者が『殺された女神』(大林および別の2名の研究者による邦訳が存在する)で取り上げた「ハイヌヴェレ型神話・プロメテウス型神話」のことが詳述されている。この章は本書のハイライトともいえる部分で、大林がとくに力を入れて執筆しただろうことが推測できる。ただ他方で、まさにこの力点の置かれ方ゆえ、「心理学的な立場からの神話研究に対する顧慮が本書ではほとんどなされていない」(「解説」223頁)ことには不満が残る。心理学的アプローチといえば、たとえばユング(Carl Gustav Jung、1875~1961)の「集合的無意識」の議論がその代表といえるが、神話をめぐる学説を時代順に追いかけていく本書の第I章「神話研究の歩み」では、この深層心理学の偉人の名前は一度も出てこない。これが大林の学問的偏向に由来することは明らかだ(ここで僕は、大林の師であるイェンゼンが、上記の書物でユングを強く非難していたことを思い出さずにはいられない)。

 冒頭で概観した出版状況のことを考えると、いま、神話学は、とてつもなく「アツい」学問なのかもしれない。このたび装いを新たに再登場した大林書が、この神話学ブームを後押ししてくれることを願ってやまない。僕もさっそく最初から読んで、4月になったら、学生たちに本書のもつ魅力を存分に伝えようと思う。