2026.03 解氷
2026.03.09 07:16
第一章|通路
吹き抜けの通路は、
どこか現実から少しだけ浮いている。
そこは境界でもある。
奥と手前。
急ぐ気配、立ち止まる気配。
暖かい風、冷たい風。
通路の正面に、
大きな時計が掛かっている。
揺らぎのある空間のなかで、
その数字は妙にくっきりとしている。
分針は迷わない。
時間だけが、
確かな手触りを持って刻まれている。
通路の端に、小さな色が置かれている。
主役ではない。けれど、消えない。
三月の街でも、
時間は同じ速度で進んでいる。
第二章|水路
街に、細い水路がある。
透明でも濁りでもない、
はっきりしない色をしている。
水は止まっているように見えて、
ゆっくりと進んでいる。
表面は静かだが、
底のほうでは絶えず揺れている。
落ちた葉が、流れるでもなく、
沈むでもなく、ただ位置を変えていく。
誰に見られるでもなく、急かされるでもなく、
水は水の速度を守っている。
三月の光が、その上を通り過ぎる。
第三章|立つということ
三月は、いくつもの移動が交差する。
去る者もいれば、
新しく足を踏み入れる者もいる。
けれど、そのあいだに立つ時間がある。
すぐに追いかけるわけでもなく、
引き返すわけでもなく、ただ、立っている。
通路の時計は刻み続け、水路は流れ続けている。
それでも、人はときどき立ち止まる。
「待つ」という物語は、何度も語られてきた。
それは時間に抗う物語ではなく、
時間のなかに立ち続ける物語なのかもしれない。
ある曲のなかにも、ただ、立ち続ける姿がある。
三月の光の下で、それは少しだけ違って見えた。
エピローグ
通路の時計は刻み、水路は流れ続ける。
「Hachi」という曲のなかにも、ただ立ち続ける時間がある。
それは静かに息をしている。