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乱発

2026.03.09 20:55

日常会話の枕となるは天気、のはずが。飛散量が云々と聞くも目に見えぬ。「とりわけ、今日はヤバい」などと周囲が騒ぐに、「言われてみれば、心なしか目がかゆい気が」とつぶやかば、「それは気のせい」と控室の事務員。

過度な潔癖が免疫力を損ね、症状を加速させる、ゆえにうちの子らは心配いらぬ、と妻は誇らしげなれど自慢にならぬ自慢。確かに、絹の道などと称して丸々二日、マスクなしのまま屋外に身を置いて何ら自覚症状がないというのだからよほど鈍感というか。当人にしか知り得ぬ悩み、花粉症。

地方選まであと一年は「しか」か「も」か。政党の公認を得たくば肚を決めよ、との打診あり、看板欲しさに申請を終えた。履歴書の経歴、公職欄を埋めんとするに議長以降の役職なく。よもやそこが山頂。人脈とて最盛期「だった」りもして。天下り五年、は年金支給の年齢であり。んなつなぎ程度の認識で居座られてはかえって迷惑、と代表質問の原稿に挟んでおいたのだけど、どこまで通じたか。

そして、あれから五年。晴れて手にする年金に、これでようやくゴルフを、と。それは大いに結構なれど見つからぬ相手。ぜひ相手を、と本市ならぬ隣市の元局長まで。それもサシで。落ちぶれども私は未だ現職ゆえ、なんてつれないことは言わぬ、ちゃんと送迎含めて御相手を。

さて、予算審査特別委員会にて拙い質問を終えた。その一つがパブリックコメント。今や定着を見せたパブコメも乱発の感あり。現場の過度な負担となっている、とタレコミ寄せられ。それは制度的に確立されたものなれど実際の運用は当事者の手に委ねられ。やらねばやらぬで文句を言われ、やればやったで意見少なきは周知の不足、多く集まれどもコピペというか、どこぞの視察報告が如くほぼ同じ案文が出回っていたりと。

その趣旨には、行政運営の透明性、市民の市政参加、施策に対する意見を、と否定しがたい価値観が並べど、だからといって。そもそもに、市民生活に重要な政策等が対象とされるも、「等」あらば限りなく。何が重要かは人それぞれ。仮に聞かれども、立場上、「重要にあらず」などと言えるはずなく。

具体的な対象の一つに行政計画なるものがあれども役所にあっては計画に一年以上を要することとて少なからず。まずは大雑把な方針を示し、翌年度に素案、翌々に計画案、三年にしてようやく「案」がとれて。そこに都合三回のパブコメは必要か。無意味とは申さぬまでも。

意見聴取はそこに限らず、とりあえず聞いておこう、なんてのはろくな仕事にならぬし、それ自体がアリバイ化するは欺瞞であって。特段の理由なき限り「やる」が常識とされるも役所の常識は世間の非常識、とは過去に再三。つまり、義務化されたもの以外は「やらぬ」を旨として浮いた時間を他に回すべし、と。

そもそもにパブコメの回数を減らせなんて誰も言わぬ、放置するにそうなってしまう訳で。言うのは老いぼれの役目であり。何ゆえにそんな状況に陥るのか、なんて解説を延々と。「延々」は盛り過ぎか。

(令和8年3月10日/2982回)