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PHOTO ASK & Blog貝泊写真館日記

東日本大震災を忘れない。

2026.03.11 01:29

おはようございます、今日は快晴の朝を迎えましたが景色が白くなる程の霜が寒さに拍車を掛けているようでした、暫く真冬の気温が続く予報ですね。


東日本大震災から15年になります、自分のブログ日記でも3月11日は当時沿岸部を回って撮って居た写真を見て頂いて居ます、改めて亡くなられた方達のご冥福と未だに発見されない方達の手がかりが見つかる事を願います。


毎年見て頂いて居る久ノ浜の海岸に流れ着いた車・・・普段は穏やかな波でも牙を向いた時の想像を絶する力を印象的に感じた1枚だと自分は思いました。


海岸に沿った久ノ浜町のメィンストリート、この市街地は火事も発生した場所です。


当時自分は石川町の結婚式場で前撮りをしている途中に地震が発生し揺れの怖さで新婦さんが撮影継続は無理と言う事で中止にしました、その後いわき市に戻るのですがいわき石川線は地震直後だったので道路に大きな岩が転がって居ても通行止めになる前に戻る事が出来ましたね。


道の駅よつくら、この四倉漁港も至る所に流された漁船と車が横転していたんですよねぇ~。


前撮りを中止して地元湯本町に戻り夕方は地元ホテルにて観光客の集合撮影が入って居たんです、地元近所のホテルに向かいエレベーターが動かない中6階に登り撮影時間を待ったのですが相双地区からの観光客でホテルに到着してからロビーのテレビ画面で流れた津波の様子を見てその場で地元に帰った方が数名居ましたね・・・残った方の写真を撮ってその日の予定を終えました。


薄磯町、海沿いの町が全滅・・・沿岸部を回ったのは震災、津波が発生してから17日目で地元関係者さん達がまだ信じられない顔をして被災地域に訪れて居るのを沢山見ました、合わせて瓦礫撤去と共に震災直後から不明者捜索も続いている様子でした。


小名浜漁港、いわき市に有る数か所の漁港の中でも桁違いの大きな漁船が被害を受けていました、この場所に来た時改めて津波の威力を実感した記憶が有ります。


海ロケ撮影で頻繁に訪れていたいわきサンマリーナ、ヨットハーバー建屋は勿論の事、絵になる背景のヨットやボートは全て流された状態でした。


小浜漁港、千葉県警の方達が漁港内で行方不明の方達をボートや潜水で捜索している様子でした。


岩間海岸、先の海岸に打ち上げられていた車同様、堤防が破壊され行先の無い階段が印象的な写真として自分の中に残って居ます。


同じく岩間海岸、岩間地区を守る防波堤が殆ど津波に壊された場所です。


常磐共同火力勿来発電所、敷地内を流れる堀の中に車が多数流れ込んでいました。


震災後、福島県は原発事故も重なり多重の困難を背負う事になりました、自分は震災、原発事故後に地元を離れたくないと考えていましたがまだ未婚の次女が自分なりの原発事故情報を元にいわき市を離れたいと泣きながら言い出した事で地元を離れましたが4日後だったかな?娘を東京に残しひとりで自宅に戻った経緯が有りました、自宅に戻ってから数日後に今回の沿岸部の様子を見て写真に残そうと考えたんです。

震災、津波発生から17日後の様子は一部で瓦礫撤去が始まって居ましたが殆どが手つかずの状態で同時に不明者の捜索も進められていてその場で発見された方も居ました、流石にカメラは向けられないと考えた事が記憶に残って居ます。


今後も自分のブログ日記で2011年3月11日を忘れる事なく当時を思い出しながら写真を見て頂きたいと考えています。