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一号館一○一教室

来生たかお 歌唱『夢の途中』

2026.03.12 01:20

そのとき
わたしは恋に落ちた…


776時限目◎音楽



堀間ロクなな


 来生たかおが姉の来生えつこの詞に曲をつけてうたった『夢の途中』(1981年)には特別な思い出がある。編集者となってしばらく経ったころ、どのような経緯か忘れてしまったが、マスコミ業界の同年配の連中20人ばかりが集まった合コンに参加したわたしは、やがてカラオケ・タイムになると、隣の席の小柄な女性にデュエットを申し込んだ。彼女はうなずいて立ち上がり、一本のマイクに向かってふたりでうたったのが、映画『セーラー服と機関銃』の主題歌としても知られるこの曲だった。



 さよならは 別れの言葉じゃなくて

 再び逢うまでの遠い約束

 現在(いま)を嘆いても

 胸を痛めても

 ほんの夢の途中

 このまま 何時間でも抱いていたいけど

 ただこのまま 冷たい頬を温めたいけど



 あっという間にうたい終わり、おたがいに顔を見合わせて笑った。そして、わたしは恋に落ちた……。



 彼女はテレビのスポーツ・コーナーの仕事をしていた。もともとは撮影の雑用係だったところ、ひょんなきっかけでインタビュー取材を手がけ、スポーツ専門の女性レポーターのハシリとなった。夕方5時半すぎに民放局の報道番組に出るため、その時刻になると、わたしは会社のテレビの前に陣取るばかりか、わざわざ先輩社員を呼び寄せて「ぼくの恋人です」と喧伝したこともある。いまになれば赤面するしかない、そんなふうにのぼせあがらせたのは『夢の途中』の魔力だったのだろう。



 来生たかおはこの曲が大ヒットしたころ、一冊の本と出会った体験を繰り返し口にしている。心理学者・岸田秀の『ものぐさ精神分析』(1977年)で、この世界に現実なんてものはない、すべては幻想であるとの所説に目からウロコの落ちる衝撃を受け、コンサートのステージでもしばしば言及したという。それから約20年のちに、オフィシャルウェブサイトに掲載するため、自分で岸田の自宅に電話して対談を依頼したそうだから、その傾倒ぶりは筋金入りだ。



 この対談のなかに、奇妙なやりとりがある。



来生 人間って、そもそも、そんなに素晴らしい生き物なんだろうか、社会も、こんなに煩雑でややこしいし、「何か、変だよな」っていうのは、ずっと思っていたんですけど、言葉では言えなくて、岸田さんの本に、その答えがあったような気がしたんです。〔中略〕コロンブスの卵っていう印象なんですよ。みんな、判っていると思うんだけど、はっきりとは判らない。そこに、ポーンと岸田さんの回答があって、楽になったと言うか。

岸田 そういうことは、よく言われるんですが、なぜそう言われるのかは、ぼく自身は判らなかったんです。正直なところ。

来生 岸田さんの本を読んだら、宗教に入信する人は減るだろうな、と思いましたよ。

岸田 そんなことはないでしょう。

来生 犯罪者も減るだろうし、戦争も減る。自殺も減ると。

岸田 そんな効果はないと思うけど(笑)。



 相手の岸田がいささか面食らっている様子なのも無理ないだろう。どうやら、来生は物心ついたころから周囲の世界と自己の感覚のあいだに切羽詰まった違和感を抱いてきたらしいのだ。しかし、だからといって、現実をすべて幻想と見なせば確かにあらゆる矛盾は消えてなくなっていくかもしれないが、それは白日夢のごとく幸福感に満たされながらも取り留めのないのっぺらぼうな世界ではないか?



 あの日、とわたしは思う。彼女とデュエットした『夢の途中』も来生のそうした気分に濃厚に支配されていたのだろう。その魔力に導かれるようにして恋愛の炎を燃え立たせたふたりは、ついに夢の途中から抜け出せないまま、いくばくの月日も経ずして訣別のときを迎えてしまったのである……。もっとも、会社の先輩社員にはあとで、テレビの前で舞い上がるわたしの姿を眺めて、すぐに終わる花火の関係だとわかっていたと大笑いされたのだけれど。



  【追記】 

 記事で引用した来生たかおと岸田秀の対談は、単行本『岸田秀談話集 官僚病から日本を救うために』(新書館 2009年)に収録されています。