2026年 3月15日
このところ、冬が戻ったと言うほどではないにせよ、寒気が入り込んで肌寒い日が続いた。早朝は石油ストーブが欲しくなるくらいには寒い。それでも、山ではぼちぼちと春の兆しが増えてきている。これが彼岸を越える頃になると、毎日の様に新しい変化が現れて、目まぐるしく春へと駆け込んでいくだろう。
個人的には、確定申告をようやく終えた。昨年までは旧津久井郡の旧役場・・・つまり今の相模原市の支所だけど、そこには確定申告の用紙が常に置かれていた。今回もそれをもらおうと思ってたら、今年から支所には一切置かなくなったのだそうな。用紙が欲しければ税務署まで行かなければならないとか。いやいや、藤野から相模原の税務署まで、普通に一時間以上かかるのに。
そんなこんなで予定が遅れて、ギリギリの提出になった。なんだか、どんどん行政が不便になるような気がするが、大丈夫なのか。また3月11日が来たわけだけど、しっかりした市町村と、そうでない所で、差が出て来るんじゃないのか。
以下は前回からの続き。
世界の多くの国々が民主制へと変わって行くと、世の中をさらに変化させていく目標は、政体から「世の中を動かす考え方」に変わって行った。
君主制や貴族制から民主制への進展と産業革命には相関関係がある。どっちが卵でどっちが鶏かは判然としない。ただ、新技術を支えるには多くの学識と技術を備えた民衆が必要であり、同時に、そのような民衆が存在すれば、また新たな新技術も次々と生まれた。
科学技術の発展で世の中は急激に変化し始め、民衆が得たものは学識や技術だけではない。民衆も絶えずお金と関わる生き方をするようになり、巨大なお金は新技術を生み、その新技術は新たにお金を生んだ。
科学技術の発展に関しては、産業革命とお金は好循環を生み出したが、一方で悪循環も生み出した。金持ちはより金持ちに、貧困者はより貧しく。社会の不安は増大し、資本主義に対する修正として社会主義の考え方が生まれて来る。この二つの考え方は、20世紀の世界を二分する形になったが、今回、私が「ブラックか、ホワイトか」について話すとき、この二つの考え方の、どちらが正しく、どちらが間違っていると言う話をするつもりはない。ホワイトな世の中を考える場合、両陣営の考え方の、ホワイトな面とブラックな面を良くわきまえて、上手く運用する必要があると考えている。
資本主義の長所は、新技術の発展に向いている事だろう。新技術の発展は世の中の成長と拡大をもたらす。そこには人々のより幸福な世の中の進展も含まれる。短所としたら、人間の欲望に火をつけて、人々を競争に駆り立てる性質が強いために、世の中に成功者を生む一方で取り残された落伍者も生みやすい。それが貧富の差になり、社会不安を増大させる。また、生産と消費が拡大すれば経済も潤うので、時には戦争のような悲惨な事態でも経済界は歓迎する傾向がある。
社会主義は、雇用も産業も国が管理し、民衆の為の世の中を目指した。実際、失業者もなく、住む場所も教育や医療も心配なく受けられる世界は理想郷とも言えるかもしれない。しかし、経済も教育機関もマスコミも、すべて国が管理する体制は、全体主義に結びつきやすい。民衆はすべて国を偉大に成長させる同志となり、国の方針に反対意見などいえる状態ではなくなり、単に、国に喜んで奉仕する奴隷になりかねない。実際、ソビエトのスターリン政権とか、文化大革命期の中国とか、最悪の恐怖政治は社会主義から生まれてきた。
さて、現代の暮らしについて考えてみる。私は日本の健康保険制度は、そりゃあ欠点を上げようと思えばあげられるかもしれないが、世界標準から見れば、よくできた有難い制度だと思っている。特にアメリカなどの話で、救急車を頼んで病院に行こうものなら、いくら請求されるか判らないので、なかなかおいそれと病院に頼れない、なんて話を聞くと、日本の健康保険を有難く思う。これは、健康保険制度に関しては、日本とアメリカでは、日本が社会主義寄り、もしくはアメリカが資本主義寄り、という表現も可能かもしれない。
また近年、多額の奨学金を使って大学に通った人々が、卒業後、その返済に苦労している話題が多い。私は、学ぶ意欲のある若者に多額の借金を背負わせるのは、未来の世代を育てる意欲も無くした、国の恥だと考えている。
またこんな話はどうだろう。いつのまにか日本の各地の土地が、それも水源地のような重要な土地が外資に買われていたと言う話があった。こんな事例を防ぐために、国が積極的に土地を管理するべきと言う話もあるが、昔だったらそんな話は、「それは土地の公有化に繋がって、そんなのは社会主義の考え方でけしからん」みたいな批判も出ていたと思う。
以上、三つほど例を挙げたが、この例をもって、私を社会主義寄りの人間と思うだろうか。たぶん、保守だろうが革新だろうが、右翼だろうが左翼だろうが、だいたい同意できる内容だと思っている。
たぶん、もはや資本主義が社会主義を打ち倒すとか、社会主義が資本主義を打ち倒すとかいった、対立構造では無くなっているのだろう。国が管理しなければならないものは国が管理し、国が管理してはいけないものには国は手を出さない。そこに逸脱が生じると、資本主義であれ社会主義であれ、ブラックになっていくのだろう。
今後も、資本主義的な、人間の欲望に火をつけて競争が起こり、新しい発見や発明と新技術が生まれ、世界は成長と拡大を続けて行く世の中の在り方は続いていくと思う。それを、少しでもホワイトにしていくには、次のような考察が必要になって来るのではないか。
欲望は是か非か。是だとしたら、ホワイトな欲望とブラックな欲望とはどのようなもので、その境界は何か。
競争は是か非か。是だとしたら、ホワイトな競争とブラックな競争とはどのようなもので、その境界は何か。