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Fashion Source: Art of Being

大阪出張、いくつもの枠がひらいた日

2026.03.15 16:13

季節に一度の大阪出張があった。

いつものメンバーとのグループセッション。


もう何度も重ねてきた時間だけれど、今回はまた少し違っていた。

対話が深まるたびに、その人の前提が見えてくる。

問題だと思っていたものが、少しずつ別の構造として立ち上がってくる。


しかも今回は、その場にAIもいる。

あとから文字起こしされ、まとめられ、言葉として返ってくることまで含めて、対話が続いていく。

その場で起きた気づきが、その場限りで終わらず、

あとからじわじわと体に入っていく。


OSが上書きされる、という言い方がいちばん近いのかもしれない。

4時間。

でも体感としては、もっと長かった。

5時間ぶんくらいの濃さがあった。

セッションのあとは、いつものイタリアンでパスタを食べた。

ラム肉のある、あの店。

常連のように、メニューをさっと見ただけで、オーダーできるようになっていた。(笑)

ただ、この日はそこで終わらなかった。

夜にはウェビナーが控えていた。

少し早めに切り上げてホテルへ戻り、

スライドを確認し、台本を見直し、

ChatGPTとClaudeと一緒に作ってきたものを、最後にもう一度整える。


ところが、最後の最後で少し困ったことが起きた。

ChatGPTが「ここを重点的に話したほうがいい」とまとめてくれたことと、

先に作っていたスライドの流れが、なぜかぴったり噛み合わなくなってしまったのである。


スライドを軸に話すのか。

スクリプトを軸にするのか。

Zoomが始まる一分前まで、どうしよう、どうしよう、と迷っていた。


でも始まってしまえば、もうそれどころではなかった。

最初に話す一文だけ、自分の中で決めていた。


それを言った瞬間、あとは流れ始めた。

スライドは一度も開かなかった。

スクリプトも見なかった。

水も飲まなかった。


ただ、話した。

100分。


予定していた順番をなぞるのではなく、

ある話が次の話を呼び、

また別の話へつながり、

そのつながりがさらに別の角度を開いていく。


まるで、自分の中で何かがすでに編まれていて、

話すことでその糸を手繰っていくような感覚だった。

自分でも驚くほど、スムーズだった。


たぶんこれは、最近ずっとAIに向かって話しているからなのだと思う。

音声で考え、話しながら整理し、言い直し、また別の言い方を探す。


そういうことを毎日のように繰り返していたら、

知らないうちに、喋る筋肉まで鍛えられていた。


しかも面白いのは、

AIが動画を作り、台本を作り、いろいろなことを代わりにやる時代になっていくほど、

逆に、生身の人間が何も見ずに100分話すことのほうが新鮮になる、ということだ。


AIと準備して、

最後は生身で話す。

その往復の中で、

人間のほうにも何か新しい力が育っていたのかもしれない。


ウェビナーが終わっても、まだ一日は終わらなかった。

グループセッション4時間分の文字起こしをAIに渡し、

ウェビナー100分の文字起こしもAIに渡し、

どちらもまとめてもらい、ポッドキャストにもしてもらう。

それを全部聞き返していたら、夜中の3時になっていた。


ようやく眠りにつき、

翌朝は少しゆっくり起きた。


10時30分ごろ、ホテルのロビーへ降りる。

時間のあるクライアントさんが来てくださって、

そこでまた昨日の続きのような時間が始まった。


その方は開業届を出したばかりだった。

個人的にやってきたことが、ひとつの名前を持ち、

箱を持ち、

これから社会の中で別の輪郭を帯びて動き出していく。

そういう節目に立っている人だった。


では、写真も変えたほうがいい。

見え方も変えたほうがいい。

そういう話になって、その場で写真を撮った。


撮った写真をChatGPTに渡して、

モノクロの横顔ポートレートへ仕上げていく。

まるでプロのフォトグラファーが撮ったような仕上がりになって、

ご本人も、とても喜んでくださった。


その場でFacebookもInstagramも写真が変わっていく。

知っている人からすぐに反応がある。


写真を変えることは、単に見た目を変えることではない。

その人の世界観をつくることなのだと、あらためて思う。

私はそういうことが昔から好きだ。


なので写真だけでは終わらず、プロフィールも、ヘッダーも、その方の見え方ごと少しずつ整えていった。


そして、そこまで終えたところで、

じゃあ、ZARAに行きましょう、という話になった。


心斎橋の新しいZARAは、思っていた以上によかった。

空間も、ディスプレイも、商品も、ただ大きいだけではなく、ちゃんと選ばれている感じがした。

しかも店内には、やたらと大きな壺がある。

最近ずっと「壺と土」の話をしていたので、二人で笑ってしまった。

私はオンラインで見ていたデニムジャケットを試着し、

その方は花の刺繍の入った柔らかいデニムジャケットを試した。


どちらもちゃんと似合って、

結局ふたりともデニムジャケットを買った。


そのあと、上の階のZARAカフェでお茶をした。

和の要素を少し感じるモダンな空間で、思ったよりずいぶん長居をした。

そこから今度は、国立国際美術館へ。

地下に広がるあの建築は、それだけで少し気持ちが切り替わる。


ちょうど開催されていた展示は、中西夏之の作品だった。

意味は、正直よくわからなかった。

でも、何もわからないまま見て、

何もわからないまま出口に向かう頃には、なぜかすっきりしていた。


ただ佇むこと。

ただ見ること。

そういう時間そのものが、何かを整えていたのかもしれない。


そしてもうひとつの展示室で、

前日のウェビナーで話していた村上隆さんの作品に出会った。

マイナス30歳、という設定革命。

その話をした翌日に、実物の作品の前に立っている。

少し出来すぎているようで、でもこういうことはたまに起きる。

見たかったものに、意図せず会えてしまう日だった。


美術館を出たあとは、大阪駅まで歩き、そこからJRで新大阪へ。


ちょうど新幹線が入ってきたので、自由席の一号車まで駆け足で向かった。


運よく端の席が取れて、座るやいなやパソコンを開く。

月曜のメールレターの準備。

少し頭の中を整理しているうちに、2時間半はあっという間に過ぎていた。


東京に着いてからは、小さめの親子丼を買って帰宅し、

家でグリーンのスープを作って食事をした。


そこでようやく一日が終わった、

と言いたいところだけれど、

実際にはまだ少し続いていたような気がする。


私の一日は、ひとつの枠でできていない。

何度か、違う場面がひらく。

違う空気が流れ、そのたびに別の自分が少しずつ動き出す。


一緒にいたクライアントさんが

「今日は何日分もあった感じがしますね」

と言っていたけれど、まさにそういう一日だった。


グループセッション。

夜のウェビナー。

AIによる編集。

ホテルロビーの続きを話す時間。

写真の刷新。

心斎橋のZARA。

美術館。

新幹線。

そして夜のスープ。


どれも別の出来事のようでいて、

全部がちゃんとつながっていた。


睡眠は5時間ほど。

新幹線でも寝ず、

帰ってきてからもまた仕事をしている。

それでも、不思議と消耗している感じはなく、

むしろ元気になって帰ってきた気がしている。


たぶんこれが、最近よく思う「軽くなった」ということなのだと思う。


何もしなくなることではない。

たくさんのことがあっても、その流れが切れず、

そのまま次へ進んでいけること。


大阪グループセッションも「2.0」へ。

次元が変わったのかもしれない。