大阪城天守閣の屋根から「センターつぶすな」第3回公判前整理手続き 弁護側は大阪府とのやりとりの全部を証拠として開示することを請求
去年の7月1日、釜合労委員長稲垣浩が大阪城の天守閣から屋根の上に飛び降りて、ハンドマイクで眼下に見える知事室のある大阪府庁舎本館に向かって約2時間、「センターつぶすな」「シャッター開けろ」「強制排除反対」と吉村洋文に聞こえよとばかりに抗議の声を上げ続け逮捕されました。
この件の裁判が3月10日午前10時より大阪地方裁判所において、非公開で3回目の公判前整理手続きが行われました。
稲垣浩の弁護側は今までの大阪府とのやりとりを全て証拠として開示するよう請求していますが、検事側は今までの証拠で充分であると言って、証拠の開示を拒んでいます。
釜合労委員長稲垣浩が大阪城の屋根から大阪府知事吉村洋文に対して抗議行動に出た背景を明らかにしないで、検事がねらう大阪城の屋根にまたがっただけの建造物侵入事件に終わらせてはならないと思っています。この件を引き受けていただいた弁護士後藤貞人氏と若手の女性弁護士平岡百合氏の奮闘に感謝しています。
この裁判は、まだ十分に使えるセンターをつぶそうとしている大阪府知事吉村洋文と、まだ十分使えるセンターを残すよう訴え続けている釜合労委員長稲垣浩との闘いだと思っています。その真意の届く裁判闘争と思っています。
裁判が公開になりましたら労働者の皆さん、傍聴に来ていただいて、直接なりゆきを見守っていただきたいと思っています。
1975年冬 花園公園テント村
差別行政との闘いの拠点となる
前々回の続きですが、第5回越冬闘争が閉じられたあとの花園公園で自炊を続けていた労働者からの批判を受け、京都大学同学会(自治会)から借りたテントを再び花園公園東側に設営しました。
当時は結核に罹患した労働者が治療を受けられずにいました。洗面器に半分くらい吐血した労働者をリヤカーに乗せて西成区保健所に行き、病院に入院させるよう要求して病院を確保したこと、また大阪梅田の地下街で公園での炊き出しのためのカンパ活動を行い、近くの「主婦の店」(当時)で米を買って炊き出しを続けたことを覚えています。
そうこうするうちに、東京の山谷(日雇労働者の街)の公園に設営されたテントが東京都によって強制撤去されたことを知り、釜ヶ崎の花園公園においても撤去されることになるかもしれないという不安感が広がり、稲垣を含めた数人でテントをバリケードで囲みテントを守ることを決めました。
花園公園内外より廃材を集め、テントの周りを囲んでバリケードを作りました。そのことが労働者の信頼を得ることになり、その後80人ほどの労働者がテント村で生活し、差別行政との闘いの拠点となりました。
「殺人行政糾弾」「テントを守れ」「病気の仲間を入院させろ」「職安は仕事を持って来い」等のスローガンがバリケートに書かれました。
そのころ釜合労委員長の稲垣浩は31才でした。〈次号に続く〉
花咲かじいさんの花壇
クスノキの枝がさらに剪定され、太陽の光がたくさん入るようになりました。クスノキの周りに植えられたスノードロップは去年より緑色が濃く、しかも大振り。スズランに似た可憐な花が咲き出しました。挿し木した沈丁花も今のところ順調に育っています。
落ち葉を集めて上から水をかけ、たい肥づくりも続いています。
今後の予定
センターはこの街の宝です
3月26日(木)午後3時30分
コスモス不当労働行為救済申立
中労委第1回調査(ウエブ)
4月14日(火)
大阪城の天守閣下の屋根より大阪府知事吉村洋文にセンターつぶすな、シャッター開けろ、強制排除反対と声をあげたことによる刑事裁判の第4回公判前整理続き(非公開)
4月22日(水)午後1時20分
大阪高裁
日本維新の会交野支部幹事長(2023年4月当時)が、釜ヶ崎労働者に対する差別をあおり稲垣浩の選挙妨害をした裁判の控訴審
2026年3月16日
釜ヶ崎地域合同労働組合・釜ヶ崎炊き出しの会・いながきひろし事務所
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