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Bellydance Najm Fukuoka

不自由さの中に(帰国翌日に思う事)

2026.03.18 00:34

帰国翌日の朝7時。

私はいつものように朝練のスタジオに向かっていた。


昨日まで北欧の小さな町にいたことが嘘のように、日常は何も変わらない。

けれど、異国の地に立つと、いつも考えさせられることがある。


知らない街。

知らない文化。

知らない風習。

知らない言葉。

その土地に根付いてきた人々の生活の痕跡、空気の匂い、街の色、言葉の響き。

そのすべてが新鮮で、とても美しく感じられる。

同時に、日本の素晴らしさにも改めて気づかされる。


日本は本当に便利で、豊かな国だ。


こういう時、私は映画『侍タイムスリッパー』のワンシーンを思い出す。

幕末からタイムスリップして現代の日本に来た会津藩士・高坂新左衛門が、初めてショートケーキを口にし、涙を流しながらこう言う。

「こんな美味いものが食べられるとは、日の本は良い国になったのですね」


コンビニも、自動販売機も、交通機関も整っていて、ほとんどのものはすぐ手に入る。

電車は時間通りに来て、どこへでも簡単に移動できる。

どこでも気軽に飲み物や食べ物が手に入り、清潔なお手洗いにも行ける。

痒いところに瞬時に手が届く世界だ。


だが外国に行くと、そうではないことも多い。

道はぬかるんでいたり、がたがただったり、

店は少なく、お手洗いも近場に無く、

欲しいものがすぐ手に入るとは限らない。

けれど人々は、当たり前のように生活している。

そしてどこか、心が豊かに見える。


そんな光景を見ていると、

便利さや豊かさの中で、それが当たり前だと思い込んでいた自分に気づかされる。

本当は、もう少し不便でもいいのかもしれない。

不便さの中には、

自分が動くことでしか得られない工夫や感覚、そして感動がある。

外国に行くと、そんなことを思い出させてもらえる気がする。


今回のエストニアでも、

言葉は決して自由ではなかった。

ロシア語、エストニア語、英語が飛び交う中で、

私は片言の英語とわずかなロシア語を頼りに、4日間踊りを学んだ。

決して楽なコミュニケーションではなかった。

けれど、それは私にとってかけがえのない経験だった。


その中で改めて感じたのは、

人と人とのコミュニケーションの本質だ。


メールやメッセージが当たり前になった今、

私たちは言葉を交わすことを、どこかで簡単に済ませてしまっているのかもしれない。


けれど本来、人間は


目と目を合わせて言葉を交わし、

五感を駆使して伝え合う生き物なのではないだろうか。


そして私は、いつも思う。

踊ることの本質は、

言葉で何かを伝えることに、とてもよく似ている。

言葉の代わりに、

踊りという「言語」を使って、人に何かを伝える。

それがダンスなのだと思う。


だからこそ、

不自由な言葉で必死に何かを伝えようとしたこの数日間は、

自分の踊りを模索することと、どこか同じ意味を持っていたのかもしれない。


拙い言葉で、必死に見て、聞いて、感じて、伝えようとする私。

それは、拙い踊りを引っ提げて、この異国の地に立った私と同じだった。


エストニアで過ごした数日間は、

私の人生を、確かに少し豊かにしてくれた。


これからも私は、

拙い言葉と拙い踊りで、

自分が伝えたい「何か」を模索し続けていくのだろう。