辻井伸行で聴くラフマニノフ第2番は、やはり特別だった
半年前、辻井さんのラフマニノフのチケットを、抽選を1度外して、一般発売の日にリベンジして秒で買った。(笑)
家から府中の森まで、1時間半。
決して近くはない。
それでも行こうと思ったのは、辻井伸行さんのラフマニノフ《ピアノ協奏曲第2番》を、生で聴きたかったから。
この曲は、私にとっておそらく、いちばん好きなピアノ協奏曲だ。
復活の証として書かれた曲
ラフマニノフがこの曲を書いたのは1900〜1901年、28歳のころ。
前作の交響曲が初演で酷評され、精神的な危機に陥った彼は、心理療法士のダーリ博士による催眠療法を受けながら、ようやく筆を取り直した。その復活の証として生まれた作品が、このピアノ協奏曲第2番だ。
初演は大成功。ラフマニノフは作曲家としての地位を確立し、この曲をダーリ博士に献呈した。
精神的な危機からの復活と、その感謝が込められた曲。それだけで、音楽の重みがひと味変わる気がする。
冒頭の和音が鳴った瞬間
これまで何度も聴いてきた。
全楽章のかなりの部分を脳内再生できるくらいには。
だからこそ、冒頭のあの和音が鳴った瞬間、
「ああ、来た」
と思った。
最初の音は、ピアノのソロだ。
ロシア正教会の鐘の音を模したとされる、ppppから始まるハ短調の重厚な和音が、じわりじわりとクレシェンドしていく。
ちなみにこの冒頭、ピアニストは左手で10度以上の音程を押さえる必要がある。身長2メートル、手の幅が13度届いたというラフマニノフ自身のサイズに合わせて書かれた部分で、手の小さいピアニストにとっては至難の技とされる。辻井さんの手がどれほど動いているか、音だけではなかなか想像しきれないが、あの鐘の響きがちゃんと届いていた。
どの楽章にも、忘れがたい旋律がある
この曲は、第1楽章だけが強いタイプではない。
重厚な第1楽章、甘く切ない第2楽章、そして壮大な第3楽章。どの楽章にも忘れがたい旋律があり、どこを切り取ってもラフマニノフだとわかる濃さがある。
全部が印象深い。全部が心に残る。
2階席から見えたもの
今回の席は2階席だった。
かなり高い位置から、空中に浮いたように見下ろす感覚。辻井さんの表情がなんとか見えるくらいの距離で、そのぶんオーケストラ全体の動きがよく見えた。それが、とてもよかった。
音も、サントリーホールとはまた違う鳴り方がした。ふわっと漂うというより、もっと大きく、まっすぐ届いてくる感じ。ピアノも、いつも以上に強く、深く打ち込まれているように感じた。
ピアノとオーケストラが、ひとつの呼吸になる
ラフマニノフ第2番は、あらためて、ピアノとオーケストラが巨大なひとつの呼吸になっていく曲だと思った。
せめぎ合うというより、うねりながら一緒に進んでいく。
辻井さんのピアノが流れをつくり、そこに弦が重なる。弦は支えているだけではなく、本当にうねっていた。必要な場面で金管が入り、フルートが光のように輪郭を添える。
その全体が、ひとつの生き物のようだった。
今回は、打楽器が見えた
生で見たからこそ印象に残ったのは、打楽器だった。
シンバルと大太鼓。
ふだんは音としてしか意識していなかったけれど、その人たちの動きを目で追ったのは初めてに近かった。
シンバルの奏者は、ずっと座って待っている。
出番が近づくと、そっとシンバルを抱えて立ち上がる。その「まだか、まだか」という待機の気配まで、音楽の一部のように見えた。
そして実際に鳴ると、シンバルと大太鼓が、音楽の底にしっかりと芯を通してくる。
クラシックに「ビートを刻む」という言い方は少し違うかもしれない。でも、あの場面にはそう言いたくなるような推進力があった。
第2楽章から第3楽章にかけて、その感覚はとくに強かった。
ああ、この曲がフィギュアスケートでより有名になったのは、こういうところにもあるのかもしれない。旋律の美しさだけではなく、身体が前へ持っていかれるような脈動がある。それを今回は、耳だけでなく目でも受け取れた気がした。
第2楽章から第3楽章へ
辻井さんの演奏は、まさに全身全霊だった。
ただ正確に弾くのではなく、文字どおり体全体で音楽を表現していた。
特に印象に残ったのは、第2楽章から第3楽章に入るところ。
完全に止まるのではなく、ほんの一呼吸だけ置いて、そのまま次へ進む。その直前、ヴァイオリン奏者30名ほどが位置に構えて「次が始まる」という気配をつくっていたのが、2階から見えた。
そして、ほとんど間を置かずに第3楽章へ。
楽章が切り替わるというより、大きな川の流れの中で景色が変わるようだった。
記憶の中のラフマニノフと、目の前のラフマニノフ
ラフマニノフ第2番の演奏時間は約35分。
けれど、長いとは思わない。
自分の頭の中で鳴っている旋律と、いまホールで実際に鳴っている音が重なっていく時間として、ずっと浸っていたくなる。
記憶の中のラフマニノフと、目の前で生まれているラフマニノフが同時に鳴る。
その感じが、とても贅沢だった。
最後の音が決まって、辻井さんがピアノからぱっと手を離したあと、会場はすぐに大きな拍手に包まれた。
ブラボーの声が響いた。
辻井さんは、満面の笑みだった。その表情を見ているだけで、こちらまでうれしくなった。
アンコールのやわらかさ
アンコールには、前半に出演していた三浦文彰さんが、辻井さんの手を引くようにして一緒に出てきた。
その瞬間、会場にやわらかな笑いが起きた。
三浦さんと辻井さんはいつもセットだから。(笑)
ピアノとヴァイオリンによるアンコールは、ラフマニノフの余韻を抱えたまま、少し空気がほどけるような終わり方だった。
私も最後に、ブラボーと声を出していた。
辻井伸行で聴くラフマニノフ第2番は、特別すぎる。
鐘の音がまだ心の中で鳴り続けている。