生徒さんとの会話から広がった光と影の話 光が強い人ほど〇〇を感じる 2026.03.19 09:45 今日のヨガのレッスンのはじまりに、生徒さんがこんな話をしてくれました。シンガーのJUJU が、昔の洋楽名曲をカバーしたアルバムを出したという話。Minnie Riperton やCarpenters、Bee Gees など、それはそれは輝かしい、時代を超えて愛されてきたポップスの数々です。当時のスターたちが、まさにスポットライトの中心で、強い光を放ちながら生きてきた姿。眩しいほどに輝いている人。キラキラと発光しているように見える人。本来なら、その光から元気や力をもらえばいいのだと思います。でも私は、強い光を放つ人に対して、ちょっぴり切ない気持ちになることが多いの・・・(という話になっていきました。)それは、光が強ければ強いほど、その人の「光ではない部分」に、自然と心が向いてしまうからです。たくさんの人に囲まれて笑っているその裏で、ひとりで静かに過ごしている時間はどんなだろう。誰にも見せていない想いや、揺らぎや、孤独のようなもの。それは、その人を弱いと思っているわけではなくて、むしろ逆で。強く輝いている人ほど、その光を支えている見えない部分が、とても深く、美しく感じられるから。たとえば、真夏の太陽。あれほど強い光の下では、影はくっきりと、濃く地面に映し出されます。やわらかな光のときには、影もやわらかく溶けるのに、光が強くなればなるほど、影もまた、はっきりと存在する。人も、ちょっと同じ。大きく輝いている人ほど、その内側には、誰にも見せていない静かな時間があり、見えないところで、何かを抱えながら、立っている。だから私は、その光をただ受け取るというよりも、その光を生み出している「奥の部分」に、自然と心を寄せてしまうのです。少し切なさを感じながら、でも同時に、とてもあたたかい気持ちで。「どうか無理をしすぎていませんように」「見えないところで、ちゃんと安らげていますように」そんな祈りのような気持ちで、その人たちを応援したくなる。そしてヨガの時間に感じるのは、私たちの内側にも、太陽のように光る瞬間と、静かに影が広がる時間が、自然に存在しているということ。どちらかをなくそうとするのではなく、そのどちらも、呼吸とともにただ感じていく。光が差せば、影が生まれ、影があるからこそ、また光はやさしく届く。そんな自然の流れの中に、私たちもまた、静かに生きているのだと思います。