“アイドル”や“何者か”を目指す君への手紙 二百十八通目『その行為はどう見られているか』
◆“アイドル”や“何者か”を目指す君への手紙 二百十八通目『その行為はどう見られているか』
君は今、目の前のことだけを見ていませんか?
例えば、ダンスの先生とのレッスン日を調整するインターネット上のサイトに、先生より後で自分の出欠の予定を入力したりしていませんか?
もし、先生の予定が「〇」印なのに、君が「✕」印を後から入れていたりしたら、それはかなりマズイです。致命的です。
予定は誰よりも先に入れる習慣に切り替えてください。
「この日は稽古に行けるだろうか」「何か別の予定が入るかもしれない」そういった判断を、ただの「自分の都合」として処理していませんか。
目の前のことだけしか見ていないとすべてが「自分の都合」次第になってしまいます。
たとえば、予定表に印をつける。ただそれだけのことでも、その前に誰が予定を組んでいるのか、その後に誰が動くのか、そこまで含めてが「ひとつの行為」なのです。
人は、君のそういう行為を見ています。
「この人は、どういう順番で物事を考える人なのか」
「この人は、どこまで他人のことを想像できる人なのか」
たった一つの行為で、君は判断されてしまうのです。
芸能の世界では、君のことを「丁寧に理解」しようとしてくれる人はいないと思ってください。
「たまたま都合が悪くて「✕」だったんだろう」なんて都合よく解釈してくれる人は、ほとんどいません。
目に見えたものが、そのまま評価になるのです。そしてその評価は、驚くほど簡単に決まってしまうのです。
つまり、君が先生の後から「✕」印をつけると、先生は「ああ、この人は私のレッスンは休んでもいいと思っているのだな」と評価されてしまうことがあるということです。
現実的なことを言えば、まだ何者でもない「君の代わり」は、いくらでもいるのです。脅しではありません、事実です。
だから「ああ、こーゆー人か」と思われてしまうと君はチャンスを失います。そのチャンスは誰かに獲られてしまうでしょう。
見られているのは、「才能」よりも前に「姿勢」なのです。
「自分の行為は、他人からどう見えているか」
よく考えてください。今、君がやっていることは、未来の君の評価に確実につながっているのです。
誰も気にしないような小さな行いすらも、その人の本質として他人の目に映るのです。 たった一つの行為で、「ああ、この人はそーゆー人なんだ」と思われてしまうことがあります。
「特別な何か」ではなく、「当たり前のこと」をどれだけ丁寧に扱えるかで決まります。
今日から、少しずつ、自分の行為と、その行為に関わる前後のコトを丁寧に考えるようにしてください。
その積み重ねが、君を“何者か”にしていくはずです。
以上
「“アイドル”や“何者か”を目指す君への手紙 二百十七通目」は2026年3月18日の記事
「“アイドル”や“何者か”を目指す君への手紙 二百十九通目」は2026年4月1日の記事