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桜楓会 Ohfukai Society

異端児と自然の声 春初めてのカッコウを聴いて ディーリアス

2026.03.25 18:31

イギリスにケン・ラッセルという映画監督がいました。過激な演出と映像で性や死や美を表現したその作風は、作品が発表される都度、キリスト教会をはじめ各方面からの批判を受けました。しかし、その反面、凡庸でないそのスタイルを好む映画ファンも多く、今でもその作品はいささかも色あせていません。しいて言えば「2001年宇宙の旅」のスタンリー・キューブリックをもっと過激にしたというところでしょうか。ラッセルの作品には実在の人物や事件を取り上げたものが多く、中でもチャイコフスキー、リスト、マーラー、エルガーなど音楽家を主人公としたものが目立ちます。そんな彼が初期に作った映画に「ソング・オブ・サマー」があります。フレデリック・ディーリアスという音楽家についての作品でした。(初期の作だけあって、この監督にしては控えめな表現に終始しています)
ディーリアスは20世紀イギリスの作曲家で、代表作の一つに「春初めてのカッコウを聴いて」があります。森の霧を思わせる弦楽器の淡いハーモニーの奥から、ようやく訪れた春を知らせるかのようなカッコウの鳴き声を、クラリネットなどの管楽器が奏でていきます。長い冬が終わり、徐々に目覚めていく自然の様子を余すところなく描いたその味わいは、あたかも一幅の名画とも呼ぶべきもので、近代イギリス音楽のシンボル的な曲の一つともなっています。バンクーバー近郊の今にもマッチするかもしれません。   https://youtu.be/etyGCB6t_zg?list=OLAK5uy_lOBo2o-IOlPLnKyGVCt6iZCbjdAfxSl18 春初めてのカッコウを聴いて 
こんな優しい曲を作る作曲家は、さぞ心優しく穏やかな気性の持ち主だろうと思いきや、このディーリアスもラッセルに負けないほどの音楽の異端児でした。楽聖ベートーヴェンの音楽にすら、それを揶揄したことからも分かるとおり、既成の価値観には否定的で、無神論者でもありました。彼の作品には「ミサ」や「レクイエム」といったカトリックの伝統的な礼拝音楽もありますが、その内容は、「神は死んだ」と叫んだニーチェの文章に音をつけたものや、礼拝の形式を全く無視したものなどで、これらが教会から異端として  批判された点も、ケン・ラッセルと似ています。(レクイエムは第一次世界大戦で命を落とした兵士たちの魂に捧げられたもの)
彼は、イギリスの裕福な事業家の息子として生まれながら、親の期待に反して音楽家の道を模索します。フロリダ、ライプツィッヒ、パリなど米独仏の大都会を転々とする紆余曲折の人生を歩みながら、その間、音楽家のグリーグ、画家のムンク、ゴーギャンといった当時の芸術に新しい風を送り込む人々との交流を通して、彼らから有形無形の影響を受けています。先述の映画「ソング・オブ・サマー」では、晩年のディーリアスの姿が描かれていますが、そこではフランスの閑静な村でひっそりと暮らす彼の自宅の 様子が再現されていました。室内は、ムンクの「叫び」やゴーギャンたちの絵が所せましと壁に貼られ、その中の「ネバーモア」というゴーギャンの絵画は、実はディーリアスが最初の所有者だったことが、近親者の証言からも分かっています。
ディーリアスの音楽を愛する人たちは「ディーリアン」の名で呼ばれます。日本では1970年代にディーリアスのブームが起こり、ここでも多くのディーリアンが誕生しました。では最後にもう一曲、彼のオペラの中のダンス音楽「ラ・カリンダ」をご紹介します。   

https://youtu.be/x6-UGlNyjn0?list=RDx6-UGlNyjn0    ラ・カリンダ(画家でもあった妻による作曲者の肖像画付き)                 

この曲は、親に命じられていやいや赴いたフロリダのプランテーションで、黒人奴隷の時代から伝わる踊りの音楽に親しんだ彼の若き日の体験がもとになっています。そして、それがまさに音楽家への道を進むことを最終的に彼に決断させたのでした。さて、クセの塊のような人物の書いたこの曲の湧き上がるような素朴な楽しさを、あなたならどう評価されますか?