あれから五年。
五年前の二月母が交通事故に遭い、幾つもの病院を転院した後、交通事故の裁判や保険会社との交渉などで度々帰省し、母もその後やっと特養のホームに入ることが出来、僕は母に会いに数ヶ月毎に帰省した。そして去年母が亡くなり、その後諸々の処理の為に帰省した。今年に入り九州の家を手放すことを決め、先月中の物を一切処分した家は空になり、その何も無い空の家に泊まりこの五年間を思い出していた。色んな人にお世話になりやっとここまで来られた。僕が自分でやったことはほんの一部に過ぎず本当に周りの人の善意に助けられ前に進んで来た。こうやって父母が住んでいた家が空になると彼らの人生までが何処かに消えてしまったようだ、かといって僕には寂しいという気持ちも殆ど無い、唯夜明け前に家の二階の窓を開けると周囲にある山の霊気が匂いと共に感じられ、こういうときは、家を手放すのは惜しいとも思う、金沢から電車の移動だと七時間かかる九州の盆地は矢張り遠い。将来中古マンションでも買って冬だけ住むのは良いかも知れない、空気も水も美しく人も素朴でのんびりしている。日田から鈍行電車に乗り久留米に行く、車窓からの景色を眺めていると僕にとっての故郷はこの筑後平野だと感じる。日本近代画家の天才たち、坂本繁二郎、青木繁、高島野十郎を生んだ土地。
やっと全てが終わった、自分にとって一つの時期が終わりつつあり、空の家に布団を敷いて寝ている自分。父母が眠るお寺にお参りに行き、帰りに何時もの神社に行き、池に手を合わせる。この神社の「神池」には随分助けられたように思う。故郷は何年離れていても故郷だ。金沢に住んでいる時間のほうがずっと長いが矢張り僕は九州の人間なんだと思う。
今ヘンリー・ミラーの「北回帰線」を読んでいる、九州の家にあったのを持ってきた。二十代のときに買ったやつだ、昔無理矢理読了したのかもしれないが、今こうやって飛ばし飛ばし読んでいるととても面白い。「小説かくあるべし」という印象、昔はこういうものを「小説」と読んでいたのだ。これを100パーセントのオレンジジュースに喩えるなら、今の小説は5パーセントかせいぜい8パーセントくらいのジュースもどきで後は水で薄まっている。このヘンリー・ミラーの濃密な語りを読んだ後に今の作家なぞとても読めない。こんな全てが薄っぺらで希薄な時代に生きていると濃密なものを求める軽い衝動が湧いてこないだろうか。そうやって身体の中に「濃いもの」を足してやらないともたないのだ。
もう直ぐ四月、春だ。今年は店の前の枝垂れ桜も綺麗に咲きそうな気配、この数年は咲き加減が余り良くなかったので嬉しい。では皆さん、お暇があればお越し下さい。5/20頃までは普通にやってます。
(写真は九州で撮ったもの)