三船敏郎 主演『銀嶺の果て』
念仏でも
唱えろってのかい
783時限目◎映画
堀間ロクなな
「君、僕の映画に出ない?」
「何ですか」
「『銀嶺の果て』という作品なんだよ」
「すみませんが、僕は俳優にはなりません」
「無料(ただ)というわけではないよ。出ることになれば、出演料なりお礼はちゃんと考えているよ」
「男のくせに、ヅラで飯を食うというのはあまり好きじゃないんです」
谷口千吉監督はこんな対話の記録を残している。親友の黒澤明の協力を得て脚本を書き上げ、いよいよ撮影の準備に取りかかった矢先、会社にカメラマン志望で通ってくる男を目に留め、いかにもガラの悪い獰猛な雰囲気にすっかり魅せられて出演交渉を持ちかけたというのだ。このとき26歳の相手は、足かけ7年の軍隊生活から復員したばかりでヤクザまがいに見られたのも無理はなく、いまだに航空隊の飛行服を着込んでいたため、谷口監督は背広一着のプレゼントを交換条件にしてようやく首をタテに振らせることができた。かくて、『銀嶺の果て』(1947年)によって俳優・三船敏郎が誕生したのである。
こんなあらすじだ。
三人組の銀行強盗犯、野尻(志村喬)、高杉(小杉義男)、江島(三船)は厳冬期の北アルプス山岳地帯へ逃亡し、あとを追ってきた警官隊と撃ちあいになったことで大雪崩が発生し、最年長の高杉が呑み込まれてしまう。すると、首領の野尻に向かって、江島は「もったいないことをしちまったな、あの札束」と洩らすのだった。ふたりはいったん退却を余儀なくされた警官隊を尻目に前進して、やがて山奥のスキー小屋に辿り着き、そこで気さくな老人(高堂國典)と孫娘の春枝(若山セツ子)、登山家の本田(河野秋武)に迎え入れられる。ところが、江島は麓との連絡用に小屋で飼われていた伝書鳩を使わせないよう夜間に殺し、翌朝、春枝が泣きながら墓に埋めるのを眺めて「もったいねえ、焼いて食やいいのに」とつぶやく……。
三船が扮したこの江島とは一体、何者なのだろう? 仲間の命よりも分け前のカネが失われたことを惜しみ、可憐な少女がこぼす涙よりも鳩が無為に土に返ることを嘆く。かれの頭は間もなく再開するはずの警官隊の追撃から生きのびることだけに占められ、一方、首領の野尻は小屋の人々との交流により心が穏やかに安らぐのを味わって、両者のあいだには次第に隔たりが広がっていき、つぎのような口論が生じる。
「山はいつ越すんだ。お前に任せといた日にゃ、いつのことやら……」
「うるせえ! つべこべ抜かすな」
「ふん、とにかくお前さんは、だんだん、あの死んだ老いぼれに似てくるぜ」
「よさねえか、仏の悪口はやめろ」
「念仏でも唱えろってのかい」
「黙れ! おっさんの代わりにてめえがくたばりゃよかったてんだ」
わたしの耳には江島のセリフが、かつて谷口監督に向かって「男のくせに、ヅラで飯を食うというのはあまり好きじゃない」と反駁した三船自身の言葉と重なって響いてくる。いずれもが追いつめられた野獣のようでありながら、あくまで自己の外面を取り繕うことを拒み、自己の内面にあってどうすることもできずにいるエゴイズムを凝視して、目を逸らそうとしないのだ。
だから、江島は業を煮やしたあまり、ピストルを突きつけ本田を案内役にして雪の岩壁に向かったあげく、野尻とのあいだにいさかいを引き起こして組くんずほぐれつの格闘となり、みずからの足で雪庇を踏み抜いてあっけなく自滅を遂げるのだ。黒澤明流のヒューマニズムからすれば、最終的に人間愛に目覚めて改心を果たした野尻の姿にこそ作品の主題があるのだろうが、しかし、わたしは立ち止まって思いをめぐらしたくなる。それは、しょせん此岸の道徳であって、そのかなたにあるべき、親鸞聖人が喝破したような彼岸の真理はまったく別ものではないのか、と――。
善人なおもて往生を遂ぐ、いわんや悪人をや。
ことによったら、雪山をまっさかさまに転落していった江島を待っていたのは光明だったのだろう。もはや念仏を唱えるまでもなく。俳優・三船敏郎が長いキャリアのなかで、こうした悪人像を演じてのけたのはこの『銀嶺の果て』だけかもしれない、とわたしは考えている。