新聞のはなし Vol.282
新聞を開けると、思いもよらなかった記事や広告に出合う。
今日は三谷幸喜さんが新社会人に向けて書いた文章が、SUNTORYの広告として載っていた。
新年度のスタートにあたり、私も日常に何か新しい習慣を取り込もうと思っていた。
そして、昨夜車の中でふと思い出したのは新聞記事のスクラップだった。
4月1日から新聞を連想したのは、英字新聞にだまされた経験があったからだ。
新人の頃、私は1人暮らしをしながら日本経済新聞とThe Japan Timesを購読していた。
日経新聞はカバンの中に入れて電車の中で読んだりしながら会社へ持って行った。
一方、英字新聞は朝1面だけをちらりと眺め、帰宅後にお風呂の中で読んでいたが、さほど英語力は上がっていないようだ。
いつかの4月1日、
英字新聞の一面に空港が水浸しになったインパクトのある写真が掲載された。
そして翌日、ネットでそれがエイプリルフールの記事だったことを知った。
私はまったく嘘だと疑うこともなく「ああ、そういうこともあるのか」と思っていたのだ。
4月1日といえば、新聞だ。
新聞記事をハサミで切り抜いてスクラップする習慣は、当時の上司から教わったものだ。
新聞を開くと、多くの記事から仕事に役立つ情報を見つけることがあるが、そのまま新聞を閉じてしまうと、新聞は翌日新聞紙に変わり、もう二度とその記事に出合うことすらできない。
新聞をハサミで切って、日付と新聞名を空いている箇所に書き加えるという作業は面倒なものだが、コピーをするより記憶に残り、あとで複数の記事を合わせることで情報が立体的になることもある。
東京から山梨に拠点を移した際に、私は購読紙を日経新聞から読売新聞に替えた。
その後、スクラップをしなくなってしまったのだが、それは読売新聞に切るものがなかったのではなく、私自身が専門性を失っていたからだ。
それまで切っていた記事は、すべて仕事に直結するものだった。
時事情報を得て仕事のはなしをするため、著者の活動を知っておくため、雑誌の企画に役立てるために切っていた。
2026年4月1日、スクラップから始めよう。
ここまで書いて、ふと気づいたことがある。
私が初めてスクラップをしたのは、社会人になってからではなかった。
大学受験の小論文対策のために朝日新聞のコラムを切って、30分ほどで原稿用紙を埋めた。
それはとても楽しい作業だった。