正邪の一如
正道と邪道は本質的には区別できない、
(あるいは裏返しの関係であるという)
仏教的・哲学的ニュアンスを持つ表現
言いたいことはこんなにきれいではない
むしろドロドロ
実に面倒くさい
このおはなし
マネージメントのなんでしょう
変態論?
結論が見えてこない
ただただ悔しい話
かつての私のスタイル
①相手の成長を願う → 積極的に関わる
⓶相手が成長する → 美徳感に酔いしれる
他管理者に対して優位性を感じる
③相手の成長が鈍化 → 何もできない
相手から不信感を抱かれ関係がギクシャク
⓸終了
厄介な美徳的感覚
私を奮い立たせ
しかし
相手の成長
私の気づき
を妨げた
いまは人を管理する立場にないので
経験値に差はないが...
歳はだいぶ重ね、少しは大人になった気がする
「ほったらかし農法」
肥料や農機具、農薬など人為的なものは極力避け
自然環境で行う農業のこと
例えば劣悪な環境下で育つ野菜は生命力が強く
栄養価も高いといわれています
人においても同じような場面
どうですか、あると思いませんか?
「ほったらかし」と「無関心」そして「我慢」
若いころはコミュニケーション能力開発系の本を読み漁り
やれ「コーチング」や「○○の法則」、「○○の習慣」など
もちろん素晴らしい内容ばかり
しかし「積極的関わり」こそ「美徳」の世界観がほとんどだった気がします
今思えば私が学ぶべきは
「葉隠」や「孫氏の兵法」だったのではないか
「人から教えられる」のを待つのではなく、自ら進んで行動する姿勢(意地)を重んじる。
(「葉隠」の教育論を超要約)
「ほったらかし」→ 相手の成長を願う積極的「非積極性」
「無関心」 → 職務怠慢
「我慢」 → 「ほったらかし」への成長過程
こんな定義付けをしてみました
しかしこの3つ
意識レベルこそ大きく違いますが
やっていることに差がない
あの頃、
美徳というまやかしの美酒に酔いしれてたマイスタイル
「ほったらかし」はもちろん
「無関心」にすら及ばなかった
若気の至り
だから
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ただただ悔しい