「忠臣蔵」1(1958)
大映版忠臣蔵であり、長谷川一夫を筆頭に、勝新太郎、市川雷蔵、鶴田浩二、山本富士子、川口浩、川崎敬三、船越英二、中村玉緒、根上淳、品川隆二、菅原謙二といった当時の大映スター勢揃いのオールスター映画になっている。
長谷川一夫が大石内蔵助を演じると、「おのおのがた〜」と言うセリフで知られるバージョンか?と思われがちだが、それはNHK大河版、本作での長谷川一夫は討ち入りに際し、そう言うセリフは言わない。
赤胴鈴之助で有名な梅若正二も登場している。
とはいえ、全員若い上に、時代劇特有の厚化粧をしているので、往年の俳優の顔を覚えている人以外には見分けがつきにくいかもしれない。
テレビの「川口浩探検隊」で知られる川口浩さんなども大石力を演じているが、若すぎて、正直顔は判別できないくらい。
小沢栄太郎さんですら若くて、声で判別しないと分からないほど。
根上淳さんなど、あまりの美貌ぶりで、「帰って来たウルトラマン」の伊吹隊長と重ならなかったりするし、船越英二さんもこの当時までは驚くほどの美貌であるが、船越さんの悪役は珍しいように感じる。
高松英郎さんなども青年にしか見えないのも驚き。
杉野十平次役の伊達三郎さんなど、多くのシーンで顔が写っているのに、セリフはほとんどないと言うレギュラーエキストラ状態。
女優陣の美貌ぶりも圧巻で、今日真智子、山本富士子、淡島千景、木暮実千代といった方々の輝くような美しさ、若尾文子さんや中村玉緒さんはまだ新人と言った初々しさ。
166分にも及ぶ長釈ということ事もあり、有名なシーンはほぼ網羅されている印象で、テンポも悪くない。
ただ、オールスターだけに、赤穂の同志が集まるシーンなどはいつもスターが揃っているわけではなく、勝新などはいたりいなかったりしている。
畳替えのシーンなども、中村錦之助がやっていた東映版と同じく、この大映版でも再現されている。
黒川弥太郎演じる大目付多門伝八郎や、京マチ子さん演じる女間者おるいなどは、他の忠臣蔵ではあまり馴染みがなかった気もするが、それぞれ活躍の場面があって楽しい。
大石内蔵助と千坂兵部との敵味方の知恵者同士の策略合戦もサスペンスフルで面白い。
全体的にシリアスな復讐劇なので、ユーモア表現などはないのが普通なのだが、本作では勝新が、その持ち味を生かして、兄との別れのシーンで、下女役相手に泣き笑い芝居をして見せているのも異色。
異色といえば、志村喬演じる大竹重兵衛が、銭湯の湯船の中で、坊屋三郎さんなどが演じる町人たちと言い合いをするシーンも珍しい。
志村さんといえば黒澤映画をはじめ、シリアスな芝居をする印象が強く、ユーモラスな演技は「鴛鴦歌合戦」(1939)くらいしか思い出せないので、本作も貴重な役柄だと感じる。
ちなみにキネ旬データのキャスティング表やWikiは誤植が目立ち、香川良介さんが演じる浅野内匠頭の家人は塩山伊左衛門と書いてあるが、劇中で何度も、源五と内匠頭が呼んでいることから、片岡源五右衛門が正しいと思う。
赤穂城の姿などは絵で描かれている。
【以下、ストーリー】
1958年、大映、八尋不二+民門敏雄+松村正温脚本、渡辺邦男脚本+監督作品
夜空を切り裂く雷光
小田原宿の籠屋の休憩所
お~い、赤穂様の早駕籠だ!赤穂まで通しだ!の呼び声に、籠屋たちが一斉に立ち上がる。
江戸方向からやってきた早駕籠を、待ち受けていた籠屋が素早く交代する。
交代し終えた籠屋は、全員その場にぶっ倒れる。
よっぴいて走り続けた早駕籠は、翌朝も走っていた。
赤穂へ(走る早駕籠)
赤穂へ(走る早駕籠)
赤穂城の門扉が開かれ、早駕籠の使者が到着する。
城内に、江戸から早駕籠だ~!の呼び声が響き、息も絶え絶えの2人の使者たちを藩士たちが抱えて、御城代!と呼びながら奥へと連れて行く。
御城代!と部屋の襖を開けると、見苦しい!鎮まらぬか!と 大石内蔵助(長谷川一夫)が叱責する。
藩士たちは一斉にひれ伏す中、使者が、殿!一大事でございますと訴え、書状の包を差し出す。
それを受け取った内蔵助は、一刻も早く二人を加護の中へと内蔵助は命じる。
藩士たちはしっかりいたせと呼びかけながら、二人の使者を別室へ運ぶ。
書状を開いて読んだ内蔵助は、キヨ殿!と思わず口走る。
その様子を何事かと間近で案ずる家臣たち。
江戸 浅野家上屋敷
仮にも吉良上野介は四位の少将、この場に及んで賄賂などを持ち込んでは返って礼を欠くと浅野内匠頭(市川雷蔵)が家臣に向かって話していた。
しかしながら、吉良様については本日まで他の諸大名の方々、いずれも苦しめられました実例のありますこと、松平島遠江守様を始め、本多大和守様なぞ、吉良様にはきつい恥をかかされ、危うく刃傷沙汰になりかけたこともございますと片岡源五右衛門(香川良介)が説得していた。
事は勅使柳原大納言、清閑院中納言をお迎えするだけじゃ、万一、当浅野において、吉良に対し賄賂を贈りしと聞かれたならば、浅野家の家風を乱し、その上、勅使に対して何と言い訳が立つ!と内匠頭が聞くと、とは言え、昨日の御殿における吉良様のお振舞い、誠に言語道断!
もう良い、言うな源五、登城の支度をせいと内匠頭は命じる。
江戸城内の一室で伊達左京亮(清水将夫)が、昨日のお出迎えの儀、滞りなく相済みましたは、単に吉良殿のお心入れのおかげ、御礼申し上げますと吉良上野介(滝沢修)に挨拶していた。
いやいや、伊達殿は浅野とのとはこと代わり、所持熱心の上にこの上野と申すことを素直にお聞き入れくださるので、お引き回しの甲斐があるというもの、今後ともお心置きなくご相談を…と上野介は笑顔で応えたので、ありがたき幸せに存じますと伊達が礼を言っているところにやってきたのが内匠頭だった。
内匠頭が来たことに気づいた伊達はすぐさま退室したので、代わりに内匠頭が部屋に入るが、吉良は露骨に迷惑顔をする。
吉良殿、御勅使の説法はいかが取り図るべきか、教えを賜りたく…と内匠頭が聞くが、そのようなことはいちいち御指図申さずともお心得のあるはず、よろしきあるように…と吉良が突き放したので、さりながら、何分にも道場方の作法は不知不案内、老中方よりも万事吉良殿の御指図を仰ぐようにとのお言葉にござりましたれば…とと内匠頭は訴える。
それほどに仰られるならばいささか心付きを申し上げよう、お役目については御進物大切でござると吉良が答えたので、御進物?と内匠頭は聞き返す。
左様…、御勅使を大切にせられれば叶いませんぞ、勅使方に対し日々御進物をなさるが良かろうと吉良が言うので、承知いたしましたと内匠頭は答え、なお、御勅使芝増上寺ご参拝の際、御休職なさる座、御休院の畳替えはいかが取り図るべきか、お教えを願いたいと内匠頭は申し出る。
何、その御心遣いには及び申さぬとだけ言い残し、吉良は立ち上がって去ってしまう。
御老中お付き番土屋相模守の御用人までお尋ねの儀、相達しましたるところ、いかに吉良殿の御指図とも、日々の御進物などはもっての他、かえって御無礼、しかもそのような先例なく、ただ、御饗応にお手抜かりなきようにとのお返事でございましたと、その後、上屋敷に戻った内匠頭に、源五右衛門は伝える。
やはりそうか、人を散々愚弄しよって…、賂の催促であったか!と内匠頭は気づいたので、殿!なにぶんにも重きお役目の手前、ひたすらご辛抱のことを…と源五右衛門は願い出る。
一方、自宅で酒を飲んでいた吉良は、浅野家から送られてきた進物の品を前にして、見るな、見るな、この元禄の太平のご時世に、武士道、武士道と風をきって歩く田舎大名の贈り物など捨ておけと、御家人に言い渡していた。
しかしながら殿、せっかくのことでござりますれば、一応のお改めをと御家人が申し出ると、今日のご時世に武士道だけでは通らぬ、浅野の家風としての進物など見んでもわかっとる時らは吐き捨てる。
では、私目が改めましょうと御家人が申し出、帛紗を広げて中を見たら、干し魚などが入っていたので、はあ、なるほど…、浅野の傲慢な顔が目に見えるようでございますと呆れる。
それ見よ、見るなというたではないかと吉良は揶揄う。
内匠頭も上屋敷で酒を飲んでいたが、昨夜といい、今宵といい、殿には今までになくお過ごしなされまするわ、この度のお役目、余程のご心痛ではないかと奥方様も御案じなされておいででございますと瑶泉院(山本富士子)と共に同席していた戸田局(三益愛子)が心配する。
内匠頭は、そのように心配するではない、吉良殿の指図によって万事滞りのう運んでおる、案ずることはないぞと労い、注いでくれと盃を妻の瑶泉院に差し出すと、このところお顔の色がすぐれませぬようで、お役目済むまでお身体を御厭いくださいますようと話しかけながら瑶泉院は酒を注ぐ。
慣れぬ役目で気を使うのだ、心配をかけてすまぬなと内匠頭は詫びると、まあ、何を仰られます、他人がましい…と瑶泉院は笑顔で応える。
その時、申し上げます、ただいま御家老安井彦右衛門様が、火急の用で御目通りを願っておりますと浅野家腰元みどり(中村玉緒)が伝えにくる。
何?勅使進物のことについて、浅野が老中に伺いを立てたと?ときらも御家人から聞き驚いていた。
伊達左京の亮の御家老からたった今お調べがありましたとか人が言うと、わしが進物を生徒もうしたのか?と吉良が聞くと、お話のご様子ですと、そのように受け取れますとか人は応える。
吉良は、おのれ、浅野…と顔をこわばらせる。
安井彦右衛門(南部彰三)と面会した内匠頭が、火急の用とは何じゃ?と聞くと、、ただいま、堀部、前原両名が聞き及んでいるところによるますと、伊達家においては、増上寺御参詣の御昼食所の畳替えを済ました由にございますと言うではないか。
何!畳替えを!またしても上野め、たばかりおったか!と内匠頭は気づく。
二百余畳の畳替え、明朝御見聞までには到底間に合いそうにござりませんと安井は平伏するんで、間に合わぬか!と内匠頭も落胆する。
殿!御府内の畳屋を一人残らず借り集めましても朝までには必ず仕上げますれば何とぞ御安心んほどと堀部安兵衛(林成年)が申し出る。
その頃、吉良は、田舎大名め…と内匠頭のことを憎んでいた。
江戸中の畳屋が集められ、徹夜の畳替えが始まる。
朝までに仕上げねばならん、頼んだぞ!と堀部安兵衛は声をかける。
内匠頭も寝てはおられず、何時じゃ?と戸田局に聞くと、はい、四つ半でございますと戸田局は答える。
源五から何の知らせもないか?と内匠頭は焦る。
老女は、ございませんと答え、殿、おやすみなされましては?と瑤泉院が言葉をかけると、其方こそ先に休めと内匠頭は答える。
畳替えの現場では、迎えは後どのくらいだ?と聞くと、後40畳ほどですと家臣が言うので、頼むぞ!と懸命に励ましあっていた。
翌朝、上屋敷の内匠頭の元に駆けつけてきた源五右衛門は、殿!と呼びかけたので、いかが致した?と内匠頭が聞くと、はい、畳が全て出来上がりました!と言うので、内匠頭は、かたじけない、かたじけないと感謝の言葉を伝える。
さらに、少し遅れて駆けつけた堀部に気づいた内匠頭は立ち上がり、安兵衛、礼を言うぞと言葉をかけ、堀部安兵衛も感激する。
おの日、現場を視察しにきた吉良は、待ち構えていた内匠頭を前に、浅野殿は復元者でおわすから、お見事でござるなと、新しい畳を見て、忌々しそうに皮肉を言う。
その吉良は、衝立の絵を見ると、浅野殿、浅野殿!と呼んだので、御用なれば私め、謹んで承りますと安兵衛が申し出ると、その方ではわからぬ!と叱った吉良は、駆けつけた内匠頭に、浅野殿、これは何とされた?この衝立は!と絵を指して、押し倒す。
落ち度がありますれば、何卒お教えをと内匠頭は願い出るが、不心得な!直視御宿坊に、水墨画の衝立とはもってのほか!おおかた、これは当院備え付けのもので間に合わせたのであろう?勝手向き不如意とあればともかく、浅野ほどの物持ちが、衝立一つ、新調召されぬとは…、いやそれほど金が惜しいものかの~と吉良は嫌味を言う。
あまりの吉良の言い分に、たまりかねた家臣が、お言葉ながら!と意義を唱えようとすると、控えい!と内匠頭は叱りつける。
浅野殿、田舎侍を家来に持たれては、いろいろ気苦労が多かろうなと嘲って立ち去ってゆく。
流石に内匠頭も怒りを顔に出して、吉良の後を追おうとするが、殿!と源五右衛門が止める。
落ち着きを取り戻し、帰りかけた吉良に追い縋った内匠頭は、お待ちくだされ!御指図ありがとう存じます、なお、勅使御奉答の仕切り着用致すべきは、長裃を着用致しましょうか?それとも烏帽子大紋を繕いましょうか?と膝をついて聞くと、長裃着用で宜かろう、それぐらいのことは心得ごとでござるぞと吉良は答える。
帰ってゆく吉良を見送りながら、明日一杯の辛抱じゃ、忍べ!と内匠頭は、自らと家臣たちに言い聞かせる。
その後、瑶泉院の側で、国元の内蔵助からの手紙を読んでいた内匠頭は、吉良殿の振る舞いに関しては、我々どもも聞き及び…と、内容に目を通し、内蔵助、心よりかたじけないと感謝する。
今日のお役目についてのお見舞いと覚えまするが、今日のお式が終わりますればお役目も済みましたるも同様…、今日一日を無事にお勤め遊ばしますようにと瑶泉院は慰める。
内匠頭は案ずるなと答えたので、瑶泉院は、はい、今宵は楽しくお物語などをお聞かせくださいませと頼んだので、何事も心得ておる、心配いたすなと内蔵助は応じる。
しかしその後、裃姿で登城した内匠頭は、他の登城者たちの服装を見て愕然とし、急いで自室に逃げ帰る。
殿、いかがなされました?と片岡源五右衛門が聞くと、源五、計られた!今日のお式は烏帽子大紋!不覚、不覚であった!と内匠頭が悔やんだので、何卒ご安心を、御礼服ならばこれに揃えましてございますと源五右衛門は部屋の隅を指差す。
何!と驚く内蔵助に、かかる間違いもあろうかと、念の為に持参しましてございますと源五右衛門は説明する。
源五、源五、礼を言うぞと内匠頭は源五右衛門の配慮に感謝する。
上屋敷で待っていた瑤泉院は、戸田、今日一日の我慢と殿は仰られましたね?と戸田局に確認していた。
江戸城の松の廊下では、お勅使、生爪御門に御到着!と振れる声が響く中、無事、烏帽子大紋に着替えた内匠頭は、吉良に対して、玄関先での出迎え方をお教え願いたい、お教えを!と廊下で焦りながら聞いていた。
すると吉良は笑い出し、浅野殿もお人が悪い、そのようなことは常日頃よりお心得のあるはず、この老人をなぶりなされるんか?と言うばかり。
全くもって!何卒、何卒!と内匠頭は懇願するが、吉良は、正気で仰せられるのかな?正気だな?とからかい、浅野殿、この後に及んでそのような行き当たったるお尋ね、笑止千万だ!と言い捨てて立ち去ろうとしたので、流石に堪忍袋の緒が切れた内匠頭は、吉良殿!と言うなり腰の刀に手を添えたので、振り向いた吉良は仰天する。
そして内匠頭に近づいてくると、殿中だぞ!電柱でござるぞ!上野を斬ると言うのか?面白い、切れるものなら見事斬ってみい!と挑発する。
その鯉口三寸切ったとあれば家名は断絶、領地はお取上げ、それもお覚悟とあれば…、さあさあさあ、いかが召された?浅野殿…と吉良はなぶって来たので、内匠頭はその場に膝から崩れ落ちる。
うつけ者!と罵倒するや、扇子で内匠頭を殴打したきらに、お許しくだされ、その方の部長ほう、どのようにもお詫びしますれば、何卒、何卒、御指図のことを!と内匠頭は土下座して詫びるが、そこに近づいてきた安井彦右衛門が、浅野様、上様御直登のお式済み次第、拙者にその旨お知らせ願いたい、将軍家御母堂継承員様が是非とも勅使の方々に御慰問を遊ばされたいと仰せられますので…と、慌てて立ち上がった内匠頭に伝える。
内匠頭は、承知仕りましたと答えるが、そこに二人の様子を見て戻ってきた吉良は、何のお打ち合わせか存ぜぬが、お尋ねのことあらば上野が承りましょうと口を挟んでくる。
御作法一つ心得ぬ田舎大名に何事がわかりもうそう!と嘲り笑いながら去りかけたので、待て、上野!と叫んだ内匠頭は、立ち止まって振り返った吉良の額に向けて刃を抜き、お前だ!と言いながら斬り付ける。
止めようとする安いに、放せ!と抵抗する内匠頭は、逃げ出した吉良にさらに一太刀浴びせようと後を追う。
しかし内匠頭の左腕を押さえていた安井が、殿中ですぞと必死に諌める。
内匠頭は、武士の情けがあればお離しくだされ~!と絶叫するが、安井は手を離さなかった。
廊下中に、刃傷でござるぞ!刃傷でござる!刃傷でござるぞ~!と大騒動になったので、その声を待機部屋で聞いた片岡源五右衛門は、身分違いで部屋を出るに出られず狼狽する。
部屋に戻り、額の傷の手当てを終えた吉良を前にまかり出た目付役多門伝八郎は、役目ながら言葉を改めもうす、本日の仔細いかがなるや、まず申し上げい、その方内匠頭に刃傷を受けたるは何故?さだめし身に見覚えがあろう?と聞く。
吉良は、恐れながら、拙者老体の身、いささかも恨みを受ける覚えは毛頭ござらぬと返答する。
あまつさえ殿中と申し、本日のお場所柄と申し、急ぎ彼の乱暴を避けようとしたために、火曜に背後にまで手傷を負いました、何卒上様にはよろしくお取りなしを…と同情を誘おうとする吉良の供述を神妙に聞いた多門(おかど)伝八郎(黒川弥太郎)は、まこと、恨みを受ける覚えはないと申すか?と念を押す。
吉良は、御意、内匠頭の乱暴、一向に合点が参りませんと吉良は答える。
その頃、浅野家の上屋敷、奥方様、一大事にござりますると戸田局が瑤泉院の元に知らせに来る。
殿の身の上ですか?と瑤泉院が聞くと、殿様は殿中松の廊下で吉良上野介に御刃傷とのこと!と戸田局は報告する。
瑤泉院は、ええっ!と仰天し、上野は、上野の命は?と聞き返す。
一方、調べを受ける立場になった内匠頭の方は、黙られい!と多門伝八郎から叱責されていた。
乱心でなく、何の刃傷沙汰、御公儀に差し出す覚書に嘘偽りがあってはならぬと多門伝八郎は言い聞かす。
内匠頭乱心の上、突如刃傷、さあ書けと記録係に多門は命じるが、その時、しばらくお待ちくださいと内匠頭が制止する。
5万3千石を庇う貴殿のお情け、身に染みて嬉しゅう存ずる、しかしそれがしも赤穂の城主、狂気乱心の上とあっては、この上もない笑い種、1人遺恨恨み方、上野に刃傷に及んだに相違ござりませぬと内匠頭は打ち明ける。
田村右京大夫(春本富士夫)、お召しにより罷り出ましたと名乗り出たのを受け、ただいま、今この出羽を通じ、上様の御意が下りましたと柳沢出羽守(清水将夫)が集まった重臣たちに告げる。
今朝、内匠頭の所為、その身は勅使饗応の重き役目にありながら、殿中を騒がし、公儀を憚からざる段、不届至極、本日直ちに田村殿邸にお預けの上、切腹申しつけよとの仰せでござると出羽守は言う。
切腹?と土屋相模守(根上淳)から聞かれた出羽守は、いかにもと答えるが、して、上野介儀には?と再び相模守から聞かれると、うん、公儀を重んじ、救難に臨みながら時節をわきまえ、場所を慎みなさるを神妙に思し召され、よって何のお構いもなく、これなる間、手傷療養をいたすべき旨の上意でござると出羽守が答えたので、内匠頭は仮にも5万3千石の城主、今日お預けの上、直ちに切腹とはいささかお手軽に過ぎぬかと存じますると意見を述べる。
上意でありまするぞ?と出羽守が念を押すと、しばらく!との声がかかる。
声の主は多門伝八郎で、お言葉ではござりまするが、私の恨みを持って刃傷とありますが、その恨み、よくよく究明の上でなくば、相手上野介が神妙とも定めかねまする、分けて拙者は両人を取り調べたるも、いまだ腑に落ちぬ箇所これありと申し出る。
多門殿、御上位に意義を申し立てまするか?と出羽守が聞くと、仮にもそれがしは目付役、天下のため、万民納得の行く御裁断をくだしおかれたく、あえて進言する次第でございますと多門は答える。
しかし出羽守は、黙らっしゃい!上様からすでに上意が出ておりますと叱責すると、お待ちくだされ、仮に内匠頭切腹決定とならば、殿中においてにの喧嘩両成敗は家康公以来の掟、相手上野介にも何らかの処刑があって然るべきかと存じますると多門は反論する。
分けて上野介は戦前松平遠江守、本多剛之進様をはじめ…と多門が続けようとすると、控えい!上位に逆らうか!控えい!と出羽守は威圧して来たので、多門はそれ以上発言できなくなる。
すでに内匠頭は田村邸で白装束姿で謹慎していたが、御検死下総守、目付多門伝八郎様御到着!との声があり、庭先に多門伝八郎と荘田下総守(二代目澤村宗之助)がやってくる。
多門は桜の咲く庭先での切腹準備を見て、これは何事?今日まで大名切腹を仰せつかりし際、庭においての御処刑はその例を見ません、特に内匠頭殿は罪と申しても…と意義を申し立てようとするが、柳沢殿、上様のご意向を伺い、罪人としてのご処置を仰せつけよとの御内儀じゃと下総守が言い渡す。
お待ちください!いちいち柳沢殿のお気持ちを伺って、大目付の役が務まりますか!と多門が言い返すと、お控えなさい!場所柄だ!と下総守は威圧してくる。
瑤泉院も白装束に着替え、覚悟をしていた。
浅野殿、ご用意の時刻となりましたと荘田下総守が座敷で正座していた内匠頭に言い渡す。
そこに、ただいま内匠頭御家中片岡源五右衛門と申すもの参りましたと伝令が来る。
それを聞いた内匠頭は、源五右衛門が…、参りましたか?と感激する。
一目御主君に御目通り願い出ておりますと伝令が伝えると、何人たりとも面会は許されないと下総守が答えた瞬間、さし許す!庭に回しておけと多門が言葉を被せる。
内匠頭はその多門の配慮に言葉を出さないまでも、片手を畳について目を見つめ、感謝の気落ちを表す。
その頃、上屋敷の内匠頭の席に座った瑤泉院は、殿様…とつぶやくなり泣き出し、戸田局や腰元たち全員も泣き伏す。
外廊下を伝い、処刑場に向かっていた内匠頭に、殿!と庭先で控えていた源五右衛門が跪きながら近づいてくる。
源五か?と問いかけた内匠頭に、殿!と呼びかける源五右衛門
下総守らが制止しようと前に出かけるが、それを多門は手を広げて止める。
良く訪ねてくれた!と労う内匠頭に、お申し置きのこと、せめて、せめて一言なりとも…と源五右衛門は願い出る。
頷いた内匠頭は、国本の大石に会うたなら、ただ無念じゃと…と内匠頭が伝えると、悔し泣きしながら、申し伝えますると源五右衛門は答えるが、俯いた源五右衛門の目から流れた血の涙が、白石を染める。
さらばじゃと内匠頭は言い添え、処刑場へ向かったので、殿!と源五右衛門は呼びかけるが、多門は立ち去れ!と命じる。
上屋敷では戸田局が、手鏡に向かい数珠をもって合掌する瑤泉院の後ろ髪を切っていた。
形状に座した内匠頭が読んだ辞世の句を受け取った多門は、しかとお渡し申すと約束する。
「風誘う 花よりもなほ我もまた 春の名残をいかにとかせん」と書かれていた。(詩吟の調子で読み上げる声)
内匠頭が裃を脱ぐ姿
国本の赤穂藩では、大石内蔵助が自分も自害しようと、一人刀を抜いていた。
側には江戸から早駕籠で知らせに戻った堀部安兵衛は平伏していた。
赤穂城の中では、集まった藩士たちが蹇々囂々の議論をしている最中だった。
鎮まれ!我らは今、これ以上の覚悟を問いただしているのですぞと場を制したには吉田忠左衛門(清水元)だったが、籠城がなんで忠節になるか?民百姓を苦しませ、御本家をはじめ親類にまで災いを及ぼしてまで籠城が亡くなられた君への忠義になるとは、黒江にはどうしてもわからんと小野寺十内(信欣三)が聞くと、何を言われるのか!我々は一歩もこの城を退かん!赤穂の名折れじゃと別の藩士が言い返す。
喧嘩両成敗は江戸幕府の殿中における鉄則、それを踏み躙られている以上、なんの顔あって城を開け渡すか!と吉田は主張する。
採決が下された暁にはそれに従わねばならぬ、この上の苦しみを求めることは君に不忠だ!と小野は言い返すが、議論は既に尽きておると別の藩士が発言する。
小野殿のご意見に賛成の方はお引き取りを願おう!と老藩士が言い渡すと、おお、引き取りましょう!と黒江は答える。
各方、わしの言うことがわからんか?一時の感情に走ってぐずぐず致しておると取り返しのつかぬことになりますぞ、籠城をして逆臣の名を重ねたいか!第一ここに城代家老大石殿がおらんのがおかしい!と小野は立ち上がって訴える。
黙らっしゃい!御家老は各方の責任がある行動を希望されておるのじゃ、遠慮はいらん、小野殿と行動を共にされる方は早々立たれい!と牟岐も立ち上がり力説すると、一時の行動は逆臣となるぞ!とまた小野は反論する。
しかし一部の藩士たちが立ち上がり、部屋から出て行き始めたので、おのれ!何やってるんだ?不忠義者!と罵る声が上がる。
その後、江戸からの早馬の死者が大石の元を訪れ、これなるは江戸に生のものの内、御家老と生死を共にする誓いを立てたものの血書でございますと言いながら大石に書状を手渡す。
内蔵助がその中身を読もうとした時、足音が近づき、吉田が代表して、御家老!籠城の上、討死を覚悟の同士の者参上いたしましたと内蔵助の前に平伏する。
それらの一党に対し、重ねて伺うが、御公儀より逆臣逆党の名を着せられても、必ず籠城決意なされまするかな?と内蔵助は問いかける。
すると、お問合せご無用でございます!と一党の先頭に座していた大高源吾(品川隆二)が発言する。
もとより江戸に於ける浅野家上屋敷は追放となった(とテロップ)
屋敷内の荷物は外に出され、早々に立ち去るのだ!と腰元や使用人たちは役人たちから所払いを受けていた。
そんな上屋敷内に入ろうとする岡野金右衛門(鶴田浩二)がいたので役人が止めるが、御方様に一言ご挨拶申し上げたいと岡野は訴える。
それでも役人が止めるので、片岡源五右衛門も岡野を抑えにくるが、
手柄なことはやめい!と多門伝八郎が近づいてくる。
それに気づいて全員平伏した時、前に進み出た岡野は、御方様、先君、ご切腹の際は、数々のご配慮をいただき、厚く御礼申し上げ、お暇仕りますと岡野が説明すると、野良犬の如く追放される御身たちの心中察するぞと多門は答える。
つきましてはただ一つお伺い申し上げたいと岡野が言うので、なんじゃ?と多門が聞き返すと、上野介殿の御生命はいかが相なりましたか?と岡野が聞くので、一瞬驚いて身を引いた多門に、何卒、何卒おもらしの程を…と岡野は願い出る。
多門は、命に別状はない、立ち去れ!と答えたので、岡野は平伏するしかなかった。
その頃、江戸上屋敷の追放は無事住みましたが、赤穂においては城代家老大石を中心に、相当人数のものが城を枕に討死致すと見受けられますと、荘田下総守が柳沢出羽守に報告していた。
本多、松平両家の赤穂への出兵の手落ちはあるまいな?と出羽守が聞くと、その点万事遺漏はございませんと下総守は答える。
滝坂の甲斐もその辺のところはよく心得ておるにつき、万一の場合は、赤穂城取り潰しじゃ、これで無骨者諸大名の往訪闊歩も減ることじゃろうと出羽守は指摘する。
4月17日
場内に設けられた先君の仏壇を前に、白装束姿で正座して黙した大石内蔵助を前に、この城を枕とし、城受け取りの使者を相手に、華々しく一戦を待ち焦がれましたが、それのできぬのが多少残念でございますと発言があると、華々しきは易きながら、町民領民に類を及ぼすもの、むしろ静かに戦訓をお慕いするこの心境こそ、真の忠と確信すると吉田忠左衛門が答える。
赤穂城も今日限り見納めとなりましたという発言に、おお、右衛門七!と気づいた内蔵助は、その方には面倒を見なければならぬ病の父がある、殉死はならぬぞと言い聞かせる。
矢頭右衛門七(梅若正二)は、お言葉を返すようではございますが、ご覧ください、お家の大事の時に、お役に立てぬのが残念と父は、父は…と遺髪を取り出してみせたので、自害をして果てたか!と内蔵助は気づく。
はい、右衛門七も父と共に亡き殿の後を追って参りとうございますと右衛門七は訴える。
しかし内蔵助は、ならぬ、その方はまだ元服前の身、いたずらに死を急ぐ軽挙は許さぬぞ!と言い渡す。
御家老様、元服前と仰せられますならば、それなる力様!力様には何のお咎めもなく、何故、何故右衛門七だけを巡視にお加えくださいません!と右衛門七は抗議する。
すると大石主税(川口浩)が右衛門七の側に歩み寄り、右衛門七、あっぱれだ!志す所は一つ!と話しかけたので、右衛門七は感激して、はい!と言いながら平伏する。
力は父内蔵助に対し、父上、右衛門七殉死のこと何卒お許しのほど!と願い出るが、そこにしばらく!と奇声を発しながら駆けつけ、御城代!と叫びながらひれ伏したのは不破数右衛門(杉山昌三九)で、数右衛門か!と内蔵助が気づくと、殿の御怒りに触れて朗々すること3歳、そのお許しを得ることももはや今生にては叶いません!せめて冥土で御許しと願い、推参仕りましたと訴える。
この三年、山に伏すとも、一日たりとも殿をお慕いしない日はございません、数右衛門、覚悟はできております、何卒!何卒、殿のお供をお願いいたします!と言う訴えを着ていた内蔵助は、ならぬ、まだ殿のお怒りも解けぬその方が、殉死w願い出るとは、もってのほか!と答えたので、その許しはメイドにて!というや、数右衛門はその場で抜刀して腹を斬ろうとする。
それを見た力も、右衛門七、遅れをとるなというと、自分も裃を脱ぎ始める。
それに合わせ、居並んだ他の藩士たちも一斉に刀を脱いで、切腹の準備にかかったので、御家老、御用意!と吉田が声をかけるが、内蔵助は、方々待たれい!切腹は取りやめ!と制止する。
それを聞いた藩士たちは、全員、ええ!と驚き、先ごろは城を枕に討死と言われ、本日はまた殉死と決定され、此の期に及んで切腹取りやめとは何事ですか?あまりと申せば我らを愚弄するにも程がありますぞ!と大高源五が意義を申し立てる。
それを聞いた内蔵助は、殿は良き家来をお持ちなされたと言いながら涙ぐむ。
さぞかしあの世においてお喜びと推察仕るというと、流れる涙を拭って感激するが、次の瞬間、きっと目を見開いた内蔵助は、吉良上野は生きておる!と言い放つ。
4月18日
赤穂城明け渡しの日
場内の備品類は全て札が貼られ抑えられていた。
誠に見事な城明け渡し、弓一丁、草鞋一束に至るまで、行き届いたる調べ、淡路、ほとほと感服致したぞと、内蔵助の前に座した脇坂淡路守(菅原謙二)が感心する。
先君御舎弟大学様、朝の家跡目相続の儀、仰つけいただければ、内蔵助、身をもって懇願仕りますと、上と書かれた書状を手にした内蔵助は願い出る。
それを聞いた淡路守は、臣下たる者、かくありたいと答える。
その後、吉良邸の吉良は、そうか、平穏に城を明け渡したか…、いかに大石が知恵者とはいえ、他に手はあるまいの~、いや結構、結構…と喜んでいた。
同席していた吉良の長男上杉綱憲(船越英二)が、父上、内蔵助は内匠頭の舎弟大学の跡目相続を願い出たと申しますと教えたので、何!不埒ものめ!と吉良は怒り出す。
上様の内匠頭に対するお怒りは、殊の外きついとか承ります、跡目相続などは思いもよらぬことと推察されますと綱憲が言うと、言わずと知れたこと、浅野家はお取り潰しじゃと吉良は吐き捨てる。
しかしながら赤穂江戸詰めの浪人ども、何をしでかすことやら…、仇と狙う間はよほどの用心が寛容かと存じますと千坂兵部(小沢栄太郎)が忠告する。
仇とは何じゃ?と吉良が聞き返し、綱憲も兵庫!斬られたのが父上で、切腹を仰せつけたのは上様じゃと諌める。
仇と言われる覚えはない、強いて仇と言われるなら上様じゃと吉良が言い返すと、田舎侍にそのようなことは分かりません、とは申せ、大石は赤穂一の知恵者、よほどの用心が寛容と思われますと兵部は答える。
それに赤穂の城の明け渡し後始末の鮮やかさ、幕府中においても大石の器量は評判にござりますると兵部は付け加える。
城を枕に討死もせん者に何ができるか!と綱憲は嘲路、聞けば、大石は京都の尼にばくだな土地屋敷を買う他との話でございますと吉良に教える。
それを聞いた吉良は、じゃが油断は禁物じゃ、屋敷の内外、警戒は怠らない方が良いぞと苦笑いまじえで答える。
何かといえば刀を振り回す、それだけが田舎侍の取り柄じゃと吉良はバカにする。
その頃城中では、脇坂淡路守から渡された内蔵助の書状を読んだ出羽守が、淡路殿ほどの方が田舎下郎の大石に口説かれて通うな嘆願書をご持参なさるとはきっと大人気ないように思われまするがと言うと、いやいや、大石は誠に見上げたる人物、それにこの際、内匠頭の切腹に関し、喧嘩両成敗に対する世間一般片手落ちとの批判を打ち消す御仁にもなろうかと…と淡路守は答える。
淡路殿、拙者は上様御側御用人、上様の御心に反してまでものを取り継ぐわけには参らぬと出羽守が拒否したので、しかしながらこの度の件は、江戸市民の陰口まで出ているとんこと、ご考慮あって然るべきかと存じますと、同席していた土屋相模守が進言する。
老中筆頭の土屋様までそのようなことを仰られるとは誠に心外、それほど大石の手腕をお認めなら、めし抱えたらよろしゅうござろうと出羽守は言い返す。
それを聞いた土屋は、何と言われるか!と流石に憤慨する。
淡路守も、柳沢殿、ちとお言葉が過ぎませぬか?と諌める。
山科
自宅に帰宅した内蔵助を、妻りく(淡島千景)と子供達がおかえりなさいと出迎える。
その時、内蔵助は見知らぬ下郎を見て、うん?この者は?と聞くと、はあ、庄屋伝右衛門様からご紹介の岡平めにございますると下郎が挨拶したので、ほお、屈強な若者じゃのと内蔵助は感心する。
日夜お疲れの折から、御酒の量が少し過ぎや致しませぬか?近く江戸にお発ちの由、万一体に触りますと…とりくが案じ、そこに娘が父上といいながら茶を運んで来たので、力はどうした?と内蔵助は聞く。
いそ日のようで叔父のところへ参りましたが、この度の御出府、大学様御世継ぎお願いの件についてでございますか?とリクは聞いてくる。
内蔵助が答えぬと、江戸の皆様方、よほどお待ちかねと伺っておりますが、江戸も3年ぶりじゃのうと内蔵助は答えるだけだった。
江戸
街中を駕籠の列が通り過ぎていたが、それを守る用心棒の態度が悪かったので、吉良様だよ、あの物々しい行列は柳沢様の後ろ盾があると思いやがって、それにしても赤穂の浅野様のご処置は全く片手落ちじゃ、いや、片手落ちは浅野様だが、今に首が落ちるのは吉良だぜなどと見送る町人たちは噂していた。
そんな話のする方へ出て行こうとした町人が、深編笠の侍に手を引かれてどこかへ連れて行かれそうになったので、旦那、私はその…と町人は抵抗するが、侍は、まあ良い、付いてこい、その方、姿形は町人だが、その目が許さんと町人に話しかける。
旦那、あっしは決して怪しいもんじゃ…と町人は言い訳するが、来いと引き摺られていく。
旦那、一体どこまで私を連れていくんですか?と町人が聞くと、不思議な縁じゃが、そのようなことで吉良が狙えるか?と侍は叱責してくる。
一瞬緊張して侍の手を振り払おうとした町人だったが、何をおっしゃいます、私は吉良様などという…と町人は誤魔化そうとするが、言うな!と答えた侍の笠の中を凝視した町人は、あ、あなた様は多門様!と町人に化けていた岡野金右衛門は気づく。
そちは上屋敷追放の折、会う他のう?といいながら多門が笠をあげて顔を見せる。
その後屋敷に連れて来られた岡野は、上屋敷の立ち退きの際はお情けのほど熱く御礼申し上げますと改めて挨拶する。
多門から見せられた図面を開いて確認した岡野は、この近藤登之助様のお屋敷の絵図面を?と岡野が驚くと、日夜苦心惨憺たるそちたちの命懸けの行いに、内匠頭殿もさぞかし地下で喜ばれておることだろう、わしにはあの切腹の刹那が目に見えてならん…と多門は告げる。
それを聞いた岡野は、私めらはまだまだ苦労が足りません、中には母や妻と生死の別れをした者もございますと伝える。
それに同情し頷いた多門は、その絵図面の屋敷は今は空き家じゃ、今のうちにとくと屋敷内を調べておくが良いぞと教える。
それを聞いた岡野は、何と、何と仰られますか?と驚くが、町人になりきる工夫が足らんぞ、心あるものが見れば一目で武士とわかると多門は指摘して来たので、は!と岡野は恐縮する。
帰宅した千坂兵部から脇差を受け取ったおるい(京マチ子)は、殿様、お顔色がすぐれませぬが、いかが遊ばされました?と聞く。
困ったことが起きた、吉良家が数寄屋橋から本所へお屋敷替えになる、それもあの暴れ者の近藤登之助の旧宅じゃ、この謎をどう解く?と兵部は打ち明ける。
まあ、ご判断済みの上、私などにお聞きになされるなど…とおるいは軽くあしらい、万一赤穂の浪人どもも吉良様お屋敷に狼藉を働きますと、あまりにお膝元すぎるからでございましょと答える。
そちもそう思うか?と兵部が聞き返すと、よく解釈いたしますれば、お屋敷内外の警戒はお膝元から離れておればいかないとお目溢しのはず、しかし殿様果たしてその浪人ども血を啜りあっても仇討ちなど致すものでござりましょうか?とおるいは問いかける。
そちはどう思う?とまたしても兵部が聞くと、大石とやらがなかなか評判の由にてござりまするが、それは世間一般の同情が大石を大きくしたものと思いますとおるいが指摘したので、その点、わしとは違うの?と兵部が揶揄うと、殿様、内匠頭様の御刃傷以来もはや半年でござりましょ?もし吉良様を付け狙うなら命を捨てる気なら1度や2度の機会は必ずあったもの…とおるいが言うので、まあ良い、いずれはそちに一仕事頼まねばなるまい、大石も近々、江戸へ出ると聞いた、何をしでかすやら油断はならぬと兵部は言う。
南部坂 瑤泉院邸
先君後切腹以来初めて其方に遭い、思わず不覚の涙となりましたと瑤泉院が訪問してきた内蔵助に対し言葉をかける。
家臣たちは禄を離れてどのように困っておるであろうと御後室様はそれのみ御心にかけられて御いででございますと戸田局も言葉を挟む。
すでに離散いたします者は残らず離散いたしましたる今日、ひたすら御舎弟大学様にせめて一万石なりとも御賃を賜れば…と内蔵助が答えかけると、内蔵助!御先君は5万3千石をお捨てになっての御刃傷なること、日をも忘れはすまい、江戸に残る大高、堀部親子、吉田、主だった家臣たち時折見え、委細は内蔵助に身体を預けてあるとの由、先君の志を償うは其方の決心次第!と迫る瑤泉院に、お言葉にはござりますれど…と言いかけ、何やら人の気配を感じ黙り込む。
瑤泉院邸の表には頭巾姿の間者が2人、中の様子を伺っていた。
当屋敷に間者でも入ったと言われるのですか?と戸田局が問いかけるので、おそらく内蔵助がお伺いしましたることは…と内蔵助が話そうとすると、あなたは、山科に伝地を買い求め、今日まで江戸に姿も見せず、嗜食に耽っておられるとのこと、それも敵の目を誤魔化すためでござりまするか?と戸田局は問い詰めてくる。
流石に横でそれを聞いていた瑤泉院が、戸田、責めるでない、内蔵助にはさだめし考えがあってのことでしょうと皮肉る。
屋敷の前の二人の患者はすぐさま立ち去り、帰り際の内蔵助を仲間達と共に襲撃する。
みどもは元赤穂家老大石内蔵助!人間違いをされても迷惑至極に存ずると名乗るが、相手は無言で斬り込んでくるので、それを避けながら、名乗られい!名乗らぬところを見ると、大石と承知の上だな?やむをえん、御相手仕ろうと言いながら、内蔵助も抜刀する。
狼藉者を率いていた清水一角(田崎潤)が騒ぎの様子を側から見ていた。
一方、近くの屋敷から出てきた多門伝八郎が狼藉に気づき、覆面侍たちを蹴散らすと、狼藉は許さん!」刀をひけ!御公儀目付け役多門伝八郎の門前に置いて狼藉は許さん!と怒鳴りつけたので、一角は引け!引け!と仲間たちに命じ、狼藉者や血はその場から立ち去る。
多門の屋敷に招かれた内蔵助は、誠に危ないところを御助けくださり、何とも御礼の申し上げようもございませんと感謝する。
大石殿は江戸不案内、幸い出入りの商人で日本橋に帰るものに道案内を致させましょうと多門は提案する。
おい!と多門が呼ぶと、はいと罷り出た男の顔を見た内蔵助は、おお、そちは!と仰天する。
その商人こそ、元赤穂藩士で多聞の世話になっていた岡野金右衛門だったからだった。
いや、多門様のお屋敷にいようとは…と内蔵助はあまりの奇遇に驚愕する。
岡野の方も、内蔵助の顔をまじまじと見て、これは御家老、先君御切腹以来でございます、太夫御出府と伺い、宿まで参上いたしましたが、どなたにも行き先をお教えなく、今朝御発ちと伺い、案じておりましたと打ち明け、太夫、独り歩きは危のうございます、実は吉良上野介本所へ屋敷替えつきましては、仁にも及ばざるお情けを多聞様よりいただきましたと打ち明ける。
すでに大石殿、江戸に出向かれしことは風の如く市民の耳にも響き、気の早い江戸っ子共は仇討ち間近しの噂などあり、目付の職証柄として噂を取り鎮めるわけも参らず、念の為お伝えしておこうと多門は言うので、さような噂があるとすれば誠に迷惑至極、大学様お世継ぎの嘆願の折から…、直ちに京に戻る所存に存じますと内蔵助は答える。
千坂兵部の屋敷に戻った一角が家来たちに怒鳴りつけているところに来たおるいが、何を慌てておいでですか、清水様と声をかける。
御家老は?と一角が聞くと、ただいま、お風呂ですとおるいは答える。
しまったことをしたと一角が落ち込んでいるので、どうしました?とおるいが聞くと、御家老様に直ちにお詫びをせねばなりませんと一角が言うので、大石を討ち損ないましたか?とおるいが言い当てたので、一角は、何!知っていたのか!と驚き、浪人どもが目付役多門伝八郎の門前とは知らずに斬りつけたと失態を明かす。
まあ、事もあろうに多門様に出られては…、そして怪我人は?とおるいは案じ他ので、一角は、2人斬られたと打ち明ける。
大石はそれほどできる腕ですか?とおるいが聞くと、うんと一角が答えたので、まさか、御当家の差金との証拠は残さなかったでしょうね?とおるいは念を押す。
大石という男は並々ならないやつじゃ、思いもあって大石と知っての狼藉ともあったら…と一角が言うので、まあ、あなたまで大石を恐れてどうなさいますとおるいは苦笑する。
この絵図面は吉良上野宿移りの数日前、多門様よりいただきましたもの、そのため引っ越し前に屋敷内はくまなく調べることができましたと岡野が内蔵助に説明すると、私も上野うちの前にこの屋敷の目の前に小間物店を開くことができましたわけ、どのくらい我々の仲間が助かりましたことかお察しくださいと別の町人に扮した元藩士も続ける。
つきましては吉報を幸いといたし、2ヶ月以内にことをあげたいと存じますと堀部安兵衛が内蔵助に伝える。
しかし、一時、我ら同士の真を疑った連中も日を重ねるにつけ技を計り、大夫京を発たれる前後、同士の血判書124名になりしこと、武士道未だ地に落ちぬと存じますと堀部は言う。
この人数を持って吉良に討ち入りできますれば誠に壮絶というもの、血判書ご持参ならぜひお見せ願いたいと片岡源五右衛門も内蔵助に話しかけると、内蔵助は黙って、袖口から取り出した帛紗に包んだ巻物を差し出して見せる。
それを受け取った源五右衛門がその場で巻物を広げ、あ、血判書と喜ぶが、あ?わしらの血判書はないが、どうなされた?と堀部弥兵衛(荒木忍)から異議が出る。
すると、内蔵助は右の袖からもう一貫の血判状を取り出し、自ら広げてみせる。
どうして一緒になさりません?仮にも同士ですと岡野が聞くと、大学様お世継ぎ決定の後にすると内蔵助が説明すると、太夫!一命を捨てての血判に対し、今のお言葉解せませぬぞ、太夫は人を信じないのですか?と岡野は詰め寄る。
もとより、私もかく信じたいと内蔵助は言うので、信じたい?と岡野は繰り返す。
太夫は仇討ち一つであらゆる苦痛を忍んでいる同士の気持ちがお分かりになりませんか?と岡野がとうと、吉田氏はじめ片方…、あまり瑤泉院様屋敷への参上致すなと内蔵助は言い渡す。
何と言われますか!と吉田忠左衛門が聞き返すと、私の今宵が良い例じゃと内蔵助は答える。
その頃、るい、京へ発つが良いと一角と同席した席で千坂兵部が命じる。
私がでございますか?とおるいが驚くと、この役はるい殿を置いて他にござりますまいと一角も賛成する。
大石への間者でございますか?とおるいは察すると、相手が不服か?と兵部は聞く。
いいえとおるいが答えると、平八郎もすでに山科に入っておると兵部は教えたので、まあとおるいは驚く。
大学様お世継ぎが決まるまで忍べと言われるのですか?気の長いことを言われるものじゃ、万一あのおいぼれが死んだらいかが致す!と内蔵助の気持ちを聞いた若い元藩士たちが抗議をする。
わしは、吉良より八つも年上、そのような悠長なことができるものか?太夫には江戸膝下におる我々今日までの苦労がわからんのか!と弥兵衛も文句を言う。
先君、御切腹の姿が目に浮かぶ…、うがいない!と感極まった源五右衛門は、その場に突っ伏す。
父上、こうなれば上野登城の際、2人だけで斬り込みしましょう!と安兵衛が弥兵衛に声をかける。
その言葉に、その場にいた他の元藩士たちも乗りかけた時、待たれい!まだ内蔵助の心がわからぬか?と内蔵助は厳しい表情で言い放つ。
敵機吉良殿の後ろには柳沢殿が控えておる、幕府の乱れは柳沢じゃ、吉良を討って、柳沢を反省させ、先ごろ先君に採決させしごとき禍根を幕府から取り除くためには、大学様御世継ぎの成否を伺った後でなければならぬ、押し込む、野党同然の振る舞いをしては浅野家の恥辱!何人にも恥じぬ大義の仇討ちでなければならぬ!と言う内蔵助の言葉を聞いた元藩士たちは返す言葉もなかった。
大名において、前例のない庭先において、罪人として切腹を押し付けられた内匠頭様のご無念、お恨みが晴れると思うのか?と涙ながらに語る内蔵助の言葉を聞いた岡野も、涙を浮かべる。
方々が、今日までの苦しみ、一端の秘密が漏れるために水泡に帰すことをお考え願いたいと内蔵助は願い出ると、太夫のお言葉、今度こそ、良く良く肝に銘じました!と堀部安兵衛は涙ながらに答え、その父弥兵衛もまたその場に突っ伏す。
感激した一同を前に、内蔵助は、さて、京へ戻って、道楽でもいたそうと言う。
浜辺の波と血判状のオーバーラップの背景に、「隠して半年」のテロップ
内蔵助は祇園の料亭「一力」の庭先で、鬼さんこちら、手のなる方へ!と囃し立てる芸者週を相手に、目隠しをして鬼ごっこなどに興じていた。
そんな内蔵助が捕まえたのは、座敷に酒を届けようとしていた仲居に化けたおるいで、目隠しを取った内蔵助は、おお、これは美しいなかい殿じゃ、もう、お前たちと遊ぶのは飽きたと他の芸者たちに言い渡し、おい、るい来い!飲もうと手を引いて座敷に向かう。
そんな内蔵助に廊下で追いついた侍は、拙者は越後浪人、関根弥次郎と申すもの、御遊興の妨げをしてすまぬが、いささか伺いたいことがござると話しかけてきたので、同行していた芸者が、まあ、無粋な人と馬鹿にするが、まあ構わん、こちへござれと内蔵助は関根を座敷に案内する。
その様子を見たおるいは、慌ててその場から離れる。
座敷で対座した関根弥次郎(高松英郎)に、さあ伺おう、伺いましょうかと内蔵助が話しかけると、大石氏、浅野公ご無念の御最後より早1年半、いまだに事ありの兆しも見えぬのは何としたことでござる?我らは貴殿の高明聞くこと久しく、必ずや片手おちなる裁断の過ちを正すため、赤穂の…と話していた関根だったが、芸者や中居たちがさし木を覗き込んでいたので、何者だ!と叱咤するが、内蔵助は、構わん、構わん、女たちが様子を見にきたのでござろうと内蔵助は弁解する。
大石氏、我らは貴殿が亡君の御為に、お立ちなさる日を指折り数えて、今日か、今日かと待ち侘びているのでござるよと関根は迫る。
と言われると、貴殿もまた、拙者に敵討ちをせよと言われるのか?と酔った内蔵助は興味なさそうに問いかける。
いかにも、我らは貴殿を信じて疑いません、残念ながら敵討ちは筋違いと内蔵助が答えたので、何!大石殿、それは本心か?本心で言われるのか?と関根は聞き返す。
考えてもごらんなされ、殿一端の御短慮からお家は断絶!いや、この内蔵助は良いにしても、一家の家臣どもは離反、短慮な主君は持つまいものじゃて…と内蔵助は苦笑まじりに言い放つ。
それに、斬られたのは吉良殿、仇を討つにも討ちようがござらぬと内蔵助は笑いながら言う。
うん、うん、貴殿ならづ…、どうなされるなどと、内蔵助が関根に逆に聞いてきたので、おのれ、腰抜け犬侍!俺も危うく犬になるところだった!と関根が憤慨したので、いやあ、人間1度死ねば2度と浮世を見ることはござらん、命ある限り、美味い酒を汲み、美しい女と戯れるのが人の代の花というものじゃとと言いながら、内蔵助は盃に酒を注いで見せる。
言うな!貴様のようなやつ叩き切ってやる!というなり、関根が刀に手をかけたので、内蔵助は座敷を逃げ出し、廊下に彷徨い出たので、関根もそれを追い出し、外で様子を見ていた女たちは悲鳴をあげながら逃げ出す。
そんな内蔵助が迷い込んだ部屋にいた浮橋太夫(木暮実千代)は障子の入り口の前に立ちはだかり、女、退け!と迫る関根に、退きません、あなたこそ無礼でござりましょうと逆に言い返す。
何!といきりたつ関根に、ここは遊女とはいえ、浮橋の部屋、この浮橋はいわば一国一城の主人も同様なんでございます、断りもなく踏み込むことは許しません!と浮橋太夫が言い放ったので、内蔵助!貴様のような奴は斬るのも刀の汚れだ!と吐き捨て、関根はそのまま帰ってしまう。
ああ、怖い、さ、うちらもお見舞いしましょう、と芸者たちが浮橋太夫の部屋に行こうとすると、親、お前さんたちは犬に食われたいか?人の恋路の邪魔はせぬもの、もし、気の効かん人たちじゃ、こちらへと一人の太夫が芸者たちを連れていく。
浮橋太夫は、自分の膝に膝枕をして寝入った内蔵助に、どこにも怪我はございませんでしたか?と問いかけ、よく辛抱なさりましたと褒め、さぞお心の中…と言いかけ、返事がないので、もし?浮様?と声をかける。
まあ、もう寝てしもうて…と、浮橋太夫は呆れる。
別室に集まった芸者たちは、あれほどまでにされても命は惜しいものでしょうか?本当にあれでもお侍か?今日という今日は浮様に愛想がつきました、浮橋殿に魂を抜かれたのでしょうか?ほんに…などと内蔵助のことを噂する。
いくら大事なお客でも、あんな意気地なしのお侍は私は嫌じゃなどという芸者たちの言葉を聞いていた太夫は、お前さんたちはそうかい?私はそう思わぬと答えたので、では雁藻殿は?と芸者が聞くと、彼の方はそんな腑抜けではありません、そんなお人なら、浮橋とのも惚れはなさるまいと答える。
それを聞いた芸者は、まあ、浮様にきつい御執心!とからかうが、そんな芸者たちの会話を、中居に扮したおるいは廊下で盗み聞きしていた。
そんなおるいは、太夫はどこにおられる?とやってきた2人の侍に聞かれ、あちらでございますと案内する。
浮橋は、部屋に2人の侍が入ってきて断りもなく座ると、浮様、お客様でございますと膝枕をしていた内蔵助に話しかける。
十太夫でございます、安兵衛でございますと2人が名乗ると、恐れながら、お人払いを…と十太夫が頭を下げる。
起きたばかりの内蔵助は、御要旨は?と聞くと、浮橋が羽織を着せてやr、自ら部屋を出てゆく。
安兵衛はすぐに、太夫!と近づくと、大学様、左遷の儀か?と内蔵助の方から指摘する。
はっ!お察しの通り、大学様を持って大友貞則の儀を退けられたのみか、旧3000石も召し上げられ、旧安芸守方へお預けと決定でございますと十太夫が報告する。
太夫、浅野家最高の一念の希望は耐え果てましたと堀部安兵衛は悔しそうに伝え、この上は、もはやこの上は!と迫る。
内蔵助は三味線を引こうとするが、すぐに立ち上がり、浮橋?浮橋はどこへ行った?おお、浮橋…と呼びかけなから部屋を後にしたので、安兵衛は太夫!と呼びかける。
廊下に出て、浮橋を知らぬかとおるいに聞いた内蔵助は、太夫はあちらにと教えられ、そちらへ向かったので、部屋からその様子を見た安兵衛たちは太夫と呟きながらその後を追ったので、それを見ていたおるいは異変が起きたことを察知する。
自宅に子供らといたりくに、旦那様のお帰りでございますとお貨幣が知らせにくる。
りくは子供たちに、お父上ですよと教え、玄関先に向かうが、すっかり泥酔した内蔵助が、大勢の芸者を引き連れ、歌を歌いながら帰ってきて、ああ、戻ったぞと声をかけたので、それを見た3人の子供たちは唖然とする。
そんな中、りくだけは毅然と玄関先で三つ指をつき、おかえりなさいませと内蔵助を出迎える。
おお、りく、酒にしよう、酒、酒!と内蔵助は注文する。
急いで支度しようとしたりくに、ああ、りく、汚れた足を拭いてやれと、連れてきた浮橋の足を見せて内蔵助は催促する。
浮橋は、そのような、もったいないと恐縮するが、何を、はよう、酒を精などと内蔵助は陸を扇子で叩いてふざけたりしたので、父上!と出てきた力が声をあげたので、おお、力、なんじゃ、その顔は?と倉之助が聞くと、父上、これはあまりでございますと力は言う。
毎日、毎夜、家を外をの御乱行にも口一つお漏らしにならず、こどm子たちを相手にじっとおかえりを待っておられる母上の寂しそうなお姿を見るにつけ、この胸を張り裂けるばかりでございましたが、父上には深いお考えがあることを存じ、力はじっと我慢をしてまいりましたと力は言う。
それを横で聞いていたりくは、これ力!父上に向かってそのおような失礼なことを…と止めようとするが、いいえ、申します、久しぶりに帰ってこられて、幼いものたちを抱いても下さらず、母上に酒を出せ、足を拭けなどと卑しき遊女風情に言われるとは!と力が言うと、その卑しい遊女を見受けするぞと内蔵助は言い出す。
それを聞いた陸は驚き、旦那様、それはまことでございますか?と問いただすと、そちのぬかみそ愚妻顔はもう飽きた、ああ、これはそちの去り料と言いながら、財布から一枚ん紙片を取り出してりくに渡す。
あまりのことに、力も父上!と抗議するが、離縁書、離縁書と言いながら内蔵助は紙片を投げつける。
そこに内蔵助と呼びかけながら姿を見せたのは、大石の母おたか(東山千栄子)で、これは母上と泥酔した内蔵助は気づ気、玄関先に正座するが、そなた、遊女を引き入れたいためにりくを実家に返すのではありますまいな?それならばこの母が許しませぬぞとおたかは叱る。
母上、りくはよろしいのでございますとりくはおたかに伝える。
いいえ、目にあまり遊興三昧も、敵を欺く手立てと思えばこそ、この母もじっと我慢をしてきました、りく殿、我が子故と甘やかしているのと決して思うてくださるなと、おたかはりくに言い聞かす。
はい、りくはよく分かっておりますとりくは答える。
内蔵助、この母も辛いが、もっと辛いのはこのりく殿、よくこそ今日まで辛抱してくれました、どれほどありがたく思っておりますことやらとおたかは礼を言い、そのりく殿をこともあろうに離縁とは!とおたかは内蔵助に激怒し、内蔵助の手を握りしめる。
その様子を見ていた浮き橋は少しずつ帰り始める。
手をおたか人じぎられた内蔵助は、あ、はい、な、何か?とおたかに聞く。
内蔵助、もしやそなた?とおたかが言いかけた時、あ、浮橋、どこへ行く?と内蔵助は帰ろうとする浮橋を呼び止める。
しかし浮橋はそのままだまってかえってゆく。
座敷に上がった内蔵助に、おたかは、内蔵助、もしや東下行のオリがまいったのではありませんか?内蔵助!返事のないのはどういうわけですか?この母と長年連れそうたりく殿の前で、言えないことがあるのですか?とおたかは聞く。
母上、ごめんくださいと言うと内蔵助は肩肘立てて寝入ろうとするので、東へ降るのなら、りくのこととて喜んでおられましょう、たった一言で良い、言うてくだされとおたかが迫ると、さてうるさい、仇討ち、仇討ちと…、仇討ちのない国はないものか?と内蔵助は迷惑がる。
では内蔵助、亡き殿様のお恨みをお晴らし申し上げる心は?とおたかが聞くと、ない!ござりませぬと内蔵助が言うので、いえ、親不孝もの!と言いながら、碁石を内蔵助にぶちまけたおたかは、この母は其方のような不忠、不幸のものに育てた覚えはないと癇癪を起こす。
それを襖越しに見ていた長女は涙ぐむ。
そんな子供の元に近づいたりくも又さめざめと泣き出したので、長女はお母様と慰める。
碁石に塗れながら、畳に突っ伏してた大石は、離縁じゃ、離縁じゃとくり返すので、りく殿を出すなら、私もこの家にはおりません、さ、みんないきましょうとおたかが言うので、こどmこと陸ははいと答え、おたかとともに家を出て行く。
それを黙って見送った内蔵助は、力1人が残って目の前に正座したので、母について田島へ行くか?父についてここに残るか?と内蔵助は、散らばった碁石を碁盤に並べながら聞く。
父上!と力が言うと、己れの分別に従えと内蔵助が言うと、力も15歳でございます、足手纏いとはなりません故、何卒父上様のそばに置いてくださいませと力は願い出る。
すると戻ってきたおたかが、内蔵助、殿のお位牌はここへは置いておけぬ故、母がいただいてまいりますぞ、良いか?と告げる。
すると内蔵助は笑い出し、これは変わったものがご所望、御随に…と答える。
内匠頭の位牌を仏壇から取り上げたおたかは、その奥にもう一つの位牌があることを発見、その裏を見ると、大石内蔵助の名が書かれてあったので、それに気づいたおたかは、いく殿、いく殿!と呼びかける。
はいと答え、おたかのいる仏間に入ったりくは、その位牌を見せられ愕然とし、おたかは息子の早い段階での決断を知り泣き崩れる。
翌朝、りくは、寝そべっていた内蔵助のそばに正座すると、では旦那様、お暇仕りますと挨拶する。
内蔵助は、倒した脇息を枕に寝ているように見えたが、子供たちのことを頼むぞと伝える。
はいと答えたりくは、旦那様も、これから気候も不順になりますし、どうぞお身体をお大事にあそばせと言いながら泣き出す。
そなたも…、母上はご老体ゆえ、よく気をつけますように…と内蔵助は目を瞑ったまま告げる。