語られない人生にも意味がある /「貴女だけの物語を生きる」ということ
何気ない日常を
ただ、何気なく繰り返している
映画の主人公のような物語を体現しているわけではない
特別な出来事が起きるわけでもない
私の人生は、きっと誰かに語られることもなく終わる
自分自身の毎日を俯瞰してみたとき
どこか空虚な思いを感じる瞬間があるかもしれません。
それでも・・
本当に意味のない人生なのでしょうか?
迷える魂に、そっと答えを示してくれていたのが
キェシロフスキ監督です。
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ポーランドの映画監督である
Krzysztof Kieślowski(クシシュトフ・キェシロフスキ)
については 過去のコラム でも触れたことがあります。
キェシロフスキの描く世界は
ひとことで表すと『言葉にならない痛み』
ですが、その痛みを
単なる痛みのままで終わらせることなく
希望へと静かに昇華させていくのが彼の作品の特徴です。
その希望は、分かりやすい形では表現されておらず
あくまでも観るひとに委ねられています。
そのとき、私たちは知らず知らずのうちに
登場人物の姿に自分を重ね合わせます。
そして、ふと気付くのです。
「私も、私の物語を確かに生きている」と。
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私の個人的な解釈ではありますが
キェシロフスキの本質的なテーマ
つまり彼が作品を通して伝えたかったことは
『目には見えない何か』
そして・・
『あなたは、あなただけの物語を生きている』
派手な出来事など、必要ないのです。
むしろ、静かであればあるほど
私たちの物語はより深みを増すのかもしれません。
キェシロフスキはまた
『選択の大切さ』もそっと示唆しています。
ほんの些細な選択によって
人生が大きく変わっていくことを
教えてくれているように感じられます。
キェシロフスキの遺作【トリコロール / 赤の愛】の
主人公・ヴァランティーヌの物語はとても象徴的です。
モデル業で生計を立てながら大学へ通っている彼女は
恋人との間の溝や、弟の犯罪疑惑に胸を痛めます。
ある日、車を運転中に少し考えに耽っていたとき
一匹の犬を跳ねてしまい
その飼い主である老齢の元判事と出会うことになります。
そして、ヴァランティーヌは元判事との交流を通して
自分自身の人生を見つめ直していくのです。
ドラマティックな出来事は起きません。
けれど起きないからこそ
観る者はごく自然に、ヴァランティーヌへ
自分を重ね合わせることができるのだと思います。
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良い意味で
衝撃的なラストシーンが待ち構えていますが
キェシロフスキはここで
『偶然性』と『希望』をほのめかせてくれます。
ラストでヴァランティーヌの隣にいる判事の若者は
以前、彼女が何度か街角ですれ違っていた男性。
その様子をテレビの画面越しに眺める元判事の目には
安らぎと喜びの涙が滲んでいました。
目には見えないところで偶然は静かに存在している
偶然に思えても、それは実はすべて必然
貴女は間違いなく
貴女だけの美しい物語をいまも紡ぎ続けています。
ご相談者さまたちの物語に触れさせて頂くことで
私の物語もまた静かに章を重ねていっています。
* Une âmeの世界観を綴っております *
* 必要な方に、そっと届きますように *