手塚治虫 著『W3(ワンダースリー)』
もしAIが
地球の滅亡を予言したら
784時限目◎本
堀間ロクなな
広大無辺の手塚治虫ワールドにあって、最も心ときめかせた作品に『W3(ワンダースリー)』(1966年)を挙げたくなるのは、決してわたしだけではないだろう。いまだに初恋の思い出のような感情がよみがえってくるのだが、最近、このマンガには発表後半世紀あまりを経た現代の人類に対しても重大な問題提起が含まれていることを知った。
「あんな星、破壊してしまえ! 銀河系のはじだ」
196X年。銀河系の平和的な宇宙人が組織する「銀河連盟」では、いつまでたっても人間同士の戦争が絶えない地球のありさまを遠望して、上記のような声があがり、この太陽系第三惑星を永遠に消し去ってしまうべきかどうかの議論が沸騰していた。そこで、銀河パトロールの選抜メンバーに反陽子爆弾を託して地球へ派遣し、1年間の調査のうえ、人間がもはや救いようのない野蛮人と判明したら爆弾を起動させることにした。
派遣チームに選ばれたのは、銀河パトロール第四分隊所属のワンダースリー、女性上司のボッコ隊長とブッコ中尉、ノッコ兵長の3人だった。かれらはロボット型の宇宙船で地球に到着すると、それぞれウサギ、カモ、ウマに変身して調査活動に取りかかるうち、農場に住む孤独な腕白少年・星真一と知りあって友情を結ぶ。そんなワンダースリーの目の前で人間たちは相変わらず血なまぐさい紛争を繰り広げるばかりか、かれらの運んできた反陽子爆弾をめぐって激しい争奪戦をはじめ、ついには大軍をもって3人の宇宙人を抹殺しようとまでする。
こうした状況を確認して、「銀河連盟」は地球の消滅を決め、ワンダースリーに向かって地球をただちに木っ端微塵にするよう伝達したが、かれらは絶体絶命のピンチを救ってくれた星少年への恩義から命令に背いて地球を飛び立ち、反陽子爆弾を宇宙空間に廃棄して帰還する。その結果、3人は裁判で未開の惑星に追放される刑を受けたところ、ボッコ、ブッコ、ノッコとも行先に地球を希望して、それぞれが今度は(記憶を消されたとはいえ)人間に変身して星少年と再会を果たす。とりわけ、ボッコ隊長は可憐な少女となって! 小学生のわたしはそのシーンに胸苦しいほどの感動を覚えたのだった。
もとより、この作品はアメリカとソ連(ロシア)の冷戦のもとで、原水爆の実験が繰り返されたあげく、キューバ危機(1962年)によって全面核戦争のぎりぎりにまで迫ったという時代状況を背景としている。しかし、当時のわたしはそうした深刻な世界情勢には無頓着に、ただ地球人と宇宙人のあいだのロマンティックなファンタジーと受け止めていたのだろう。
さて、問題はここからだ。実は、手塚治虫には『W3』の異稿が存在する。もともと、これは『週刊少年マガジン』(講談社)でスタートしたところ、同時に掲載された宮腰義勝の『宇宙少年ソラン』に類似があるとして差し止めを要求したものの編集部が応じなかったため、手塚は連載6回で打ち切って、あらためてライバル誌の『週刊少年サンデー』(小学館)で再スタートしたという経緯があった。その中断に終わった幻の6回分について、わたしは最近になって目にする機会を得て愕然としてしまった。現行の冒頭部分とはまったく違っていたからだ。
そこには宇宙人が組織する「銀河連盟」など登場しない。ある日、東京、ニューヨーク、モスクワに設置された世界トップの電子頭脳がそろって同じ予言を示したことからはじまる。チキュウ・ハ・アト・365・ニチ・メ・ニ・ホロビル……と。そこで、この事態を知った3人の科学者がひそかに東京に集まってつぎのような対話を交わす。
「しかし、なにがげんいんで地球がほろびるのですかな?」
「わからん! 戦争なのか、天災なのか、……あるいは宇宙人の来襲なのか」
「あと一年! わしたちは命をかけてでも地球をまもるべきじゃ」
こうした不穏な状況のもとで、星少年と宇宙船でやってきたワンダースリーとの出会いが起きる。残念ながら以後どのように展開していくのかは不明だとしても、手塚の当初の構想によれば、人類の命運がかかった1年間のタイムリミットは地球の外側ではなく、あくまで内側から発せられるものだったのだ。恐るべき慧眼というべきではないか! わたしは思わず天を仰いで想像をめぐらしたのである。21世紀の今日、人間の知能をはるかに超えつつあるAI(人工知能)が、われわれには辿りきれないアルゴリズムにもとづいて、もし地球の滅亡が1年後に迫っていることを予言したら――。