城ヶ崎で、崖を登った。
先週の家族旅行 Day 2
朝食ビュッフェをゆっくり食べて、チェックアウトギリギリにホテルを出た。伊豆高原駅からタクシーで向かったのは、城ヶ崎。
行きたいと思ったのは、写真一枚がきっかけだった。全長48メートルの吊り橋。断崖絶壁。ターコイズブルーの海。説明はいらなかった。ここに行こう、それだけだった。
城ヶ崎の岩は、約4000年前、大室山の噴火で流れ出した溶岩が海岸線を埋め立ててできたものだという。目の前の黒々とした岩肌は、太古の火山が固まったまま、ずっとそこにあり続けてきた。
実際に立つと、足がすくんだ。
吊り橋の下では、波が岩に打ちつけるたびに白い泡が飛び散り、花火のような音が響いた。バシャーン、という音が耳に残る。14歳の姪は80歳の祖母の手を気にしながら歩き、母はけろっとしていた。
岩場を進む。4000年前に固まった溶岩の上を、一歩一歩確認しながら。
しばらく行くと、大きなクリフが現れた。その向こうに、さらに高い崖。そこに人影が見えた。登っている。
「あそこ、行けるかな」
17歳の姪がつぶやいた瞬間、もう気持ちは決まっていた。
崖の前に立つと、ロッククライミングというより、崖そのものだった。見上げると、上にいる人たちがシルエットになって見えた。それほどの高さだった。空を背景に、人が小さい。姪と甥がてっぺんに到着した。
51歳。ニューバランスの靴。少し躊躇したけれど、若い人たちが次々と登っていくのを見て、トライすることにした。49歳の弟も、特に迷う様子もなく登っていた。
手がかりを探しながら、足元を確認しながら、荷物は下に置いて、ほぼ手ぶらで登る。表面はガサガサとして、手のひらに岩の冷たさが伝わってくる。
一歩一歩、丁寧に。
頂上に着いた。そこから見た景色は、雄大だった。黒い岩肌。白い波。どこまでも広がる海。姪たちが満足そうにしているのを見ながら、小さな達成感が静かに広がった。
下りはもっと慎重に。それでもすんなりと降りられた。
姪たちは、汗だくだった。
私は、一滴もかいていなかった。
新陳代謝のせいだと思っていたけれど、たぶん違う。一歩登るたびに、いかに呼吸を乱さないか。それだけを考えていた。歩幅と重心と、息の使い方。山が教えてくれたことが、崖でも静かに生きていた。
51歳、意外と悪くない。
孔雀に始まり、崖登りに終わった旅だった。
ハプニングもあった。その場で考えて、動いて、なんとかなった。そういう旅ほど、記憶に残る。
12歳、14歳、17歳。気づけば彼らは、心配して連れて行く相手ではなくなっていた。大人がすることを、同じ目線で楽しんでいる。旅の楽しみ方が、変わってきたのかもしれない。
おばさんは、旅の記録をアクションカメラで撮影。約30分ほどの動画に編集して、みんなへ。これは変わっていない。何年かしたら、「城ケ崎の動画観たい!」ってきっとなるだろう。