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テマヒマ

罪悪

2026.04.08 00:43

こんにちは。


民藝と発酵をモノサシに食を通して健やかな豊かさを提案する古民家セレクトショップ&カフェ テマヒマ プロデューサー,バイヤーの太田 準です。


先日、日曜日の営業開始前の時間に、月イチ朝カフェ「哲学対話の時間」(哲学カフェ)を開催しました。4月からスタートしましたので1周年記念の回でした。哲学対話と恩送りのドリンクチケットが始まって1年を前に先月、無料のプレスリリースも出してみました。テマヒマのこれらの活動を知って頂きたいという思いつつ、テマヒマ以外でもこういった活動や場が広がっていくことを期待してのことでしたが、市役所の広報室の方が北摂記者クラブさんに投げ込みとかして下さったものの、特にメディアからの取材依頼はありませんでした。今まさに必要な情報ではないから致し方ありませんが、今という時代、社会だからこそ求められている営みだと思っています。

さてその一周年記念回、ご参加者は10名、女性6名・男性4名、初めての方2名•リピート参加の方8名という内訳(運営メンバー含む)。回を重ねていくとリピーターも増えていて有難いことですが、毎回初参加の方がいらっしゃることも嬉しいです。いつも通り自己紹介せずに皆さんから話してみたい、聞いてみたい「問い」を出して頂き、投票の結果決まったのは「罪悪感があるとはどういうことか?」。13回目にして初めて自分の提案した「問い」が選ばれました。皆さんから出た普段自分が考えないような「問い」について考え聞き話すのが面白いのですが、自分の「問い」も、対話が始まれば自分から離れ、参加者それぞれの「問い」となり、自分一人では辿りつけないような広さ・深さがあります。


広さと言えば今回、芽ネギから安倍元総理を銃撃した山上被告まで広がりました。哲学対話は正解探しや合意形成が目的ではありませんし、参加者皆さんそれぞれが感じたこと、持ち帰るものは全く違うと思いますが、個人的には罪悪感というのが他者からでは無く自分から生まれること?ありたい自分との差から生まれる?ということがありつつ、そのありたい自分というものが他者との関係から生まれる?というのは発見でした。罪悪感と後悔は違う?命の危険性が無いからこその罪悪感?文化の共有がないと罪悪感の感じ方も違う?などなど様々な見方、考え方が浮かんでは消えていきました。


元々僕が「罪悪感とは何か?」という提案をしたのは、テマヒマにお越しのお客様でテマヒマのランチやスイーツを指して「罪悪感が無い」と表現するSNS投稿をされる方がいらっしゃって、お食事を食べて罪悪感を感じるってどういうことだろう?せっかくお食事するのなら罪悪感無く食べたらよいのにって思ったり、罪悪「感」って言っているのは言ってるほど罪悪感が無いのでは?ということからでした。後者については、これまでも哲学対話の中で出ているような、人見知りって言ってる人は言うほど人見知りではないっていう話や、神〇〇って表現に代表されるような言葉の軽さ問題があると思っていました。前述の通りそんな自分の「問い」から離れていく感じがまた心地よいですね。よく「小さい主語」っていう表現を僕はしていますが、身近な話題、言葉から入っていくのがテマヒマらしい哲学対話かな?と思います。


会が終わった後、今後の運営に活かすため毎回参加者アンケートを取らせて頂いています。大きな意味でだいたい同じ雰囲気ですが、参加者によって、「問い」によって実は雰囲気が違うのも面白いです。今回は盛り上がった会だったと思いますが、一方で少し少しはスピードが速かったかもしれません。ご参加頂きました皆様ありがとうございました。


毎回SNSでレポートしたりしていますが、実際体感してみないと分からないかと思います。初参加の方も大歓迎です!是非ご検討下さい。次回は5月17日を予定しています。


テマヒマは明日も11時オープンで皆様のお越しをお待ちしております。

それでは明日も好いモノ、好いコト、好いトキをテマヒマで。