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偉人『アルフォンス・ミュシャ』

2026.04.10 00:00

昨年生徒さんよりアルフォンス・ミュシャの素敵な缶箱には入ったお菓子を頂戴した。私が美術愛好家であることを公言しているからだと思うのだが、初めてのミュシャ関連品は見る度に我が心を小躍せる特別なものになった。ゲリドンの上に置かれた缶箱はレッスン準備に欠かせないクリップ入れとして大活躍し、好きなものに囲まれることは本当にありがたいことだ。というわけで今回は19世紀末から20世紀初めに活躍した「アール・ヌーヴォー」様式を代表するグラフィックデザイナー兼イラストレーター、そして念願の画家として活躍する事ができたアルフォンス・ミュシャを取り上げる。

ご存じかどうかわからないがアルフォンス・ミュシャは長い下積みを経験し、千載一遇のチャンスを逃さずにしっかりと掴み 、たった一作で大女優サラ・ベルナールを虜にし一気に芸術家としてスターダムを駆け上が離、一夜にして人生が大逆転し映画に取り上げられても不思議ではない人生を送った。今回私がミュシャの人生を通して声高に主張したいことは「どんなに小さな乳児でも機を逃さず、ミュシャを見習い目の前にある小さな機をたくさん手に入れる」ことの重要性を親は知るべきだということだ。

ミュシャは1860年オーストリアやハンガリー帝国の一部とされていたチャコスロバキアで役人として働く比較的安定した家庭で誕生した。彼自身は貧しくもなく裕福でもない家庭環境にあったが、他国に従属しなければならない民族の血を受け継ぎ、自らのアイデンティティは何かを自問自答する歴史に翻弄された民族魂が存在していた。

幼い頃から絵の才能はあったものの美術学校のプラハアカデミーの試験に落ち早期の挫折を味わう。その後劇場の背景画(舞台装飾)を描く職場で働くも「芸術家」というより職人としての修行に近く、収入も安定せず貧しい生活を送る。やがてウィーンへ行き舞台装飾の仕事を続けるが劇場が火事で焼失し仕事を失い、ここで1度目のかなり厳しい困窮に追い込まれた。しかしミュシャは自分にできる小さな肖像画を描く仕事をこなしながら生活を繋いでいる中、彼を支援する貴族のパトロンとの出会いで再び生活を立て直すチャンスを掴んだ。その支援を受けてミュンヘンやパリで美術を学ぶことになるが、それも束の間パトロンの援助が途中で打ち切られ2度目の生活困窮に陥り挿絵や雑誌の仕事で食いつなぐ日々を送る。パリで本格的に芸術活動を志すがここで3度目の生活困窮を味わう。家賃が払えないほどの貧困、暖房もない生活の中でも描くということを諦めず商業イラストや挿絵の仕事で細々と収入を得る生活に耐え忍んでいた。理想と現実のギャップに苦しみながらも描き続ける時期の中転機が訪れたのである。その偶然の機会がミュシャを売れないイラストレーターから一躍アールヌーボーの一人の寵児へと押し上げたのである。

1894年1月のある日、クリスマスから年明けの休暇で名のあるイラストレーターは不在、そんな時大女優サラ・ベルナールの出演する《ジスモンダ》の舞台用ポスターの話が舞い込んでくる。それもミュシャにとってはたまたま印刷所に居合わせたからという偶然の大抜擢を受けての仕事。縦長で繊細なデザインは当時としては斬新でパリの街中に貼られると大評判になり、幸運にもサラ・ベルナールと6年の専属契約を結ぶことになり、ミュシャは成功への道を駆け上がった。その時のポスターが上記の作品である。

ミュシャにとってこの出来事は「千載一遇のチャンス」といえよう。一隅のチャンスではなく千載一遇となれば誰にも回ってくる者ではない。世の中の親は誰しも我が子にも光り輝く機会を手にして欲しいと思うのではないだろうか。もれなく私もその一人である。しかしその機会=チャンスを確実に手中に納める人にはある特徴があることに気づく人はそう多くはない。つまり一隅のチャンスは多くに人が掴んでいるが、千載一遇のチャンスは誰もが掴める者ではなく、また困難と背中合わせであることどれだけの親が知っているだろうか。その点に注目して以下を読んでいただきたい。

千載一遇のチャンスを掴んでいる成功者は側から見ると厳しい状態に置かれる環境が必ず存在している。そしてそこを乗り越えたものだけがチャンスを掴んでいる。複雑な言葉に置き換えると「その人だから掴める状態にある事が起きている」これが成功者の本質なのだろうと解釈している。つまり一見「運が良い」ように見えても実際にはチャンスを掴むためにその人なりの苦労や困難も抱えながら耐え忍び、自ら成すべきことを成すためにスキルや知識を磨き、経験を日々積んでいるのだ。私も多くの親御さんに接しているが、親が困難に立ち向かえるか否かによって子供の成長が左右されてしまうのは致し方無いと感じていてもどこか割り切れない口惜し差が残る。しかしそこを乗り越えてきた親御さんには心からの称賛を贈る。

また好機と呼ばれるチャンスは突然舞い込んでくる。そのことに逸早く気づくことができるのは、日々の小さな出来事を大事にしやり続けているからであり、困難が訪れてもそれを乗り越えているからである。人間はそもそも何もしてなければチャンスは到来もせず、たとえ目の前にチャンスがあったとしても気付くことはできない。

そして千載一遇のチャンスの多くは「リスク」とセットであるため安全志向が強すぎるとチャンスを見送ってしまう。同時に大きなチャンスは長く待ってくれず、「やるかやらないか」を即判断できる人がチャンスを掴むのだ。

またチャンスは予想外の形で来る。「自分の計画と違うから」と拒む人より変化を受け入れられる人の方がチャンスを活かせる。このようなことが連続して起こるため心身ともに鍛えられる。いきなり「千載一遇」が来ることはなく、日常の中で小さなチャンスを確実に掴み取りその積み重ねが大きなチャンスに繋がるのだ。そのことを我が子にも、生徒さんにもしっかり理解させるために繰り返し強く言い聞かせてきた。時に私の強い念押しがうんざりと感じたこともあろうが、そのことに納得でき受け入れた子供だけが伸びる。千載一遇のチャンスが来る人はただ運がいい人ではなく、「運を活かせる状態を作っている人」である。よって子供達には困難やちちとして進まないことをどうしたら良いのかと考え行動することで、その機会を生かせるようになると私は信じている。困難や苦難がある時にこそにっこりと笑い受け入れてやり抜くべきである。そんな精神の強い子供にどの子も成長してほしいと願う、

話をミュシャに戻そう。彼は長い下積みの時間があった。画家になりたいと考えていてもグラフィックデザイナーやイラストレーターとして働くことが続いた。しかし彼はどんなに地味な仕事でも「これは意味があるのだろうか」と自問自答するだけでで終わらせず、丁寧に取り組んだからこそ後から思わぬ形でチャンスが到来した。私がミュシャの人生から学んでほしいことは、どんなに小さなことでも軽視することなく、丁寧にやるべきことを行えばミュシャのようにチャンスをしっかりと掴まえる事ができ、結果が自ずとついてくるということである。

ここからチャンスを逃す典型も記しておこう。チャンスを逃すのは物心ついてからではない。実はこのチャンスを逃すことは1歳で始まるケースもある。成功体験だけに親がこだわりすぎると1歳児であってもできそうにないことにチャレンジをしなくなる。すると自然とチャレンジするものの幅が狭まり、経験値を積み上げる事も少なくなる。年齢が上がっていくと達成感や完璧さや人の目を気にするなどで「できない、失敗したくない、準備がまだ足りない」と思って動かなくなる。つまり成長するチャンスが失われてしまうのだ。日本には「失敗は成功のもと」という言葉があるように子供達には1歳といえども成功体験だけではなく、失敗を楽しさに変えてチャレンジすることを育てておかなければならない。私は成功体験だけではなく、失敗に何度も挑む精神の強い子供に育てておく事が肝心だと考えている。なぜならチャンスとリスクは紙一重である。チャンスは完璧な時にやってはこない。未完成や未発達の挑戦を促す状態で来るのがチャンスである。「自分には無理」と先に決めつけ可能性を検討する前にシャットアウトすると小さな成功体験すらできなくなる。よって積極的に挑戦することができなくなり、限られた世界の中だけで生きることになり、自信が無いからやらない子供に成長し自己肯定感の育みが難しくなる現状が生まれるのだ。

よって幼い頃から小さな挑戦を繰り返し、失敗してもそれを笑いや楽しみに変えて挑むことを繰り返すと良い。すると自ずと挑戦するチャンスを増やす事ができる。そして「とりあえずやってみる」を基準にし、完璧かどうかではなく面白そうかどうか楽しめそうかどうかに判断基準をおける子供に育てて欲しい。

最後のまとめにミュシャ作品がなぜ爆発的に受け入れられたか、そしてなぜ日本人がミュシャが好きなのかも美術的に考えてみよう。

実はアールヌーボーは日本の浮世絵から大きな影響を受けている。ミュシャの優美にして華麗、そして優雅で装飾的な女性像で知られる彼の様式は浮世絵の平面的で曲線的、それでありながら装飾的で動植物紋様を取り入れ、芸術センスの高さからフランスパリで認められた。植物のつるや花のような「流れる曲線」を多用し、花・葉・昆虫・女性の髪などに自然界の形を取り入れるたのは浮世絵そのものである。そして日本人が愛してやまない花鳥風月で自然の美しさを楽しみ、侘び寂びや幽玄で美の感じ方そのものを味わい、森羅万象や山川草木 で自然や世界の捉え方をミュシャは学び取っていたのだ。だからこそ日本人の中の感性にダイレクトに伝わってくるのである。

ミュシャに降り注いだ運は時に人生を変えることはある。でも、その運を活かせるかは実力次第であると彼の人生を通して明らかになったことである。しかし私はミュシャに単なる幸運が奇跡的に降り注いだとは思わない。目の前にあることに真摯に向き合い、自らのなすべきことを行なってきたからこそ運を自分の手元に手繰り寄せたんだと考えている。運や奇跡というものは努力をしなところにはやってこない。努力をし続ける者だけに到来するものだ、私はそうか確信している。だからこそ親御さんもそして子供たちも日々の小さな目の前にあることを大事にし多くの幸運を自分の手で手繰り寄せてほしいものである。