論語読みの論語知らず【第110回】 「河合隼雄の再読から意図を考える」
・昔に読んだ本を読み直す
久方ぶりに河合隼雄の『中空構造日本の深層』(中公文庫)を書棚から手に取った。最後に読んだのはいつのことだったかは覚えていない。今回は何かを得ようとして読んだわけでもない。いわば、目的なき読書であり目に入ったページを手繰っていくような読み方で、有体に言えば気合をいれて読んだわけでもなかった。ただ、案外、このような読み方をしているときほど、不思議と以前とは違うところに目がいざなわれたりもするものだ。
初読のときはおそらく論旨を理解することに意識が向いていたと思う。たとえば、最初の論考「神話的知の復権」では、河合が現代の不安に対するために求められるという「神話的知」とは何か、河合が論じている「科学的知」との関係はどう整理されているのか。そうした枠の中で読んでいたように思う。しかし今回の読み方はいささか異なり、読んでいるうちに別の感覚が立ち上がってきた。
一言でいえば、「河合先生、ずいぶんとうまく構成しましたね」といったものになる。ユング心理学に通じていた河合は、巧みにフロイトやユング、ケレーニイといった名前を記し、彼らの思想の片鱗に触れながらも「神話的知」というものを少しずつ形にしていく。その流れは実に滑らかで淀みなく、読んでいる者を自然に納得させてしまうようなはからいがある。だが、今回はどこかで引っかかるものを感じながら読んでいた。
この引っかかりを一言でいれば、「河合先生、引用された御仁たちは、本当に同じ方向を向いていますかね」といったものだ。
河合が言及しているビックネームは、本来はそれぞれ異なるテーマを持っているはずである。それにもかかわらず、河合が紡ぐ文章の中では、一つの流れに収斂していくように見える。もちろん、これは誤用ではないし、技法の範疇なのだろう。異なる知を配列し、その関係性から意味を立ち上げていく。そうした書き方は、確かに一つの知の作法であり、知的エッセイとしても非常に巧みなものとなる。
それでも、今回、改めて読み終えてみて、ふと感ずるのは「河合先生、もう少しだけ、その巧みな構成性を素直に告白しても良かったのではないですか」というものだった。
たとえば、「これらの文脈は私の組み立てであり、私なりの彼らの思想の解釈である」と一言添えられていたなら、印象は少し違ったかもしれない。無論、それを言ってしまえば、エッセイの神通力は弱まるのかもしれない。読み手が自然に読めるからこそ説得力が生まれる。そのように考えると、この書き方そのものが、ある意味では神話的なのかもしれない。
・河合に尋ねてみたいことに気づく
ここで私はふと別のことが気にかかった。このような構成の仕方は、異なる知をつなぐ力を持つ一方で、それらがあたかも、同じ方向を向いているかのように見せる力も強く持っている。良心的に使われるならば、それは物事全体の理解を掴むことに寄与してくれるが、使い方によっては、読み手があまり気づかぬうちに、一つの方向へといざなわれていくことにもなり得る。
美しい説明は、そのまま強い影響力を持つ。では、それはどこまで許されるのか。ここで思い出すのは、論語の一節である。「民の義を務め、鬼神を敬して之を遠ざくれば、知というべし」(雍也篇6-22)。神秘的なものを否定するのではなく、しかし距離を保つこと、俗化しないこと、穢さないこと。それこそが知だという態度である。
河合の議論は「神話的知」の形を造るためにも、そこにむしろ近づいていく。思想も宗教も意味を解きほぐし、再構成し、前景化をしていく。その営みは確かに魅力的であり、多くを考えさせてはくれる。ただ、そのとき、どこまでが本来の範疇と理解であり、どこからが河合の構成と解釈による導きなのか、その境界は必ずしも明確ではなくなっていくのだ。
河合の知の技法を前になるほどとは頷くが、同時に、私はふと立ち止まって思いを言葉にする。「河合先生の知のスタイルは納得しました。ただ、これは果たして仁と言えますでしょうか」。なお、論語の先の一節は次のように続く「難きを先にして、獲るを後にす。仁というべし」。滑らかに淀みなく示される知は、時に獲るを先にして、難きは後へと過ぎ去ってしまわないだろうか。
もっとも、これは河合の問題というよりも、知そのものの在り方に関わる問いなのかもしれない。意味を与えることと、意味を方向づけること。その差はどこにあるのか。あるいは、そもそもその差は引けるのかといった亡羊とした議論なのかもしれない。
ここまで考えていくと、さらに気づくこともある。河合は自らで「神話的知」と題しながら、実のところ論考ではそれの明確な定義として提示してはいない。全体を通じて像は立ち上がるが、「これである」と言い切る箇所はない。これは欠如というより、むしろ意図なのだろう。
だが同時に、この書き方は、日本語という言語の上でこそ成立を可能にしているのではないかとも思うのだ。関係性や含意によって意味をつないでいくことに長けた日本語では、このような知の形を“輪郭でもって示す”議論は自然に進みゆくことになる。他方で、定義と境界を求める言語に置き換えたとき、この論考はどのように読まれてしまうのだろうか。
・日米でそれぞれが河合隼雄を議論したならば
たとえば、これは私の勝手な妄想なのだが、河合のこの論考をめぐって日米の学生がそれぞれ別の空間で議論する場面を想像してみた。おそらく日本の学生たちは、「神話的知とはこういう感じのものではないか」といった共有がまずはゆるやかに生まれて、それぞれの経験や現実と結びつけながら、少しずつ意味が厚みを持って議論が展開されていくのではないだろうか。他方で、米国の学生たちは、まず「神話的知とは何か」という定義を求め、それが与えられないまま議論が進みゆこうとしても、「これは結局何を主張しているのか」「論として成立しているのか」といった検証的な問いが大きな壁として立ちはだかるかもしれない。
繰り返しになるが、これは私の勝手な妄想に過ぎないし、日米のアプローチどちらが正しいという話になるものでもない。ただ、同じ文章が、意味を広げていく場にも、意味を絞りゆく場にもなり得るということだけは確かといえるかもしれない。
さらに言えば、この文章を読み終えたあとも、考えることはそこで止まらなかった。数日経ってから、ふと別の角度から同じ論考を思い出しては別の問いが浮かんでくる。読むこと、考えること、少し時間をおいてまた考えること。そして、それを言葉にしてみること。こうした往復とこの過程そのものが、ひとつの学びなのかもしれない。
いずれにしても、今回の読書で印象的だったのは、過去はただ「興味深い」と受け取っていた内容に、現在は少し距離を取って向き合っている自分がいたことかもしれない。それが良いことなのかどうかは分からないし、時にひねくれているだけかもしれないとも留意はしている。ただ、人の書いた文脈を泳がせてもらいながらも、その構造を俯瞰してみる――そういう読み方が、それなりに有効ではないだろうか。
なお、蛇足ながら、こういう読書の仕方を、私は体裁上「戦略眼的読書」と呼ぶことにしている。一つの目的に囚われることなく、目的の片鱗を求めてゆく。まあ、ひねくれていると思われぬ程度に気をつけながら。
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筆者:西田陽一
1976年、北海道生まれ。(株)陽雄代表取締役・戦略コンサルタント・作家。