Ameba Ownd

アプリで簡単、無料ホームページ作成

Bellydance Najm Fukuoka

日記〜書き続けるという事

2026.04.10 11:24

私は昔から日記文学が大好きだ。


これまで読んできたものを主なものだけ挙げてみると、

『紫式部日記』、『枕草子』、『徒然草』、『奥の細道』。

現代のものでは、

写真家の荒木経惟さんの日記、同じく写真家の川内倫子さんの『りんこ日記』、

小説家・くどうれいんさんの『日記の練習』、

昭和天皇の侍従・入江相政さんの『入江相政日記』、

壇蜜さんの『壇蜜日記』、

山崎佳代子さんの『ベオグラード日誌』、

梨木香歩さんの『エストニア紀行』。


こうして並べてみると、時代も書き手もさまざまだが、定期的に誰かの日記文学を読むことは、私にとって読書の楽しみのひとつになっている。


そんなわけで、子どもの頃からよく日記をつけていた。

だが、つい途中で書くのを忘れてしまったり、日記帳に書いた自分の文字が気に入らなくなってやめてしまったり、忙しさに紛れてサボってしまったりして、

長く続いたことはほとんどなかった。

それでも心の奥底にはいつも、日記を書き続けることへの憧れがあった。

ノートを自分の日々の記録で埋めていくこと。

それをいつか実現したいと、ずっと思っていた。


2026年は、元旦から日記をつけようと誓いを立てた。

あらかじめ買っておいた分厚いノート。そこに毎日きちんと日記を書いていこう。

そう思い、コツコツと書き続けてきた。

だが、その流れは先日のエストニア遠征でぴたりと止まってしまった。


遠征の前日まではきちんと書いていたのだが、いざ出発してみると、

飛行機での長時間移動、エストニアでのダンス三昧、

くたくたになってホテルに戻ってはまたレッスンへ向かう…。

そんな日々の繰り返しで、日記を書く余裕がまったくなかったのだ。


あらかじめ日記帳から数枚の紙を切り取り、持参していたのだが、

その紙に日記を書くことはないまま帰国してしまった。


帰国してからも休む間もなく、

時間に追い立てられるような慌ただしい日々が続き、

気がつけば日記を書くという習慣そのものが、

自分の生活からすっかり抜け落ちてしまっていた。


帰国して10日ほど過ぎた頃、ようやく私は重い腰を上げた。

2週間以上書いていない日記を、遡って書き直してみようと思ったのだ。

たとえオンタイムでなくても、思い出せる限り記録すればいいのではないか。

そう思った。


そんなわけでここ3日ほど、

書き損ねていた2週間以上の出来事を少しずつ思い出しながら日記帳に綴っている。


本来、日記というものは、

その日にあったことを新鮮なうちに書き留めるための装置だ。

そのことは十分にわかっている。


だが、過去に遡り、思い出しながら書くという作業もやってみると意外に悪くない。

その日その日の簡単なメモは手帳に残している。その記録を手がかりに時間を遡り、心に残った景色や覚えておきたいことを、少しずつ書き綴っていく。

そうしてページを埋めていく作業は、やってみると意外に楽しい。


その日のうちに書く、ライブ感のある日記とはまた違った良さがあることを、

今回あらためて発見した。


毎日必ず書き続けるというのは、思っている以上にむずかしい。

日々の仕事や生活のリズムのなかで、どうしても書けない日もあるだろうし、

後回しにせざるを得ない時もきっと出てくる。


そんな時でも諦めず、時間があるときに思い出せる限り思い出して、

とりあえず一日一行でもいいから書き続ける。

それが継続のコツなのではないかと、今回あらためて思った。


そういえば、

以前読んだ川内倫子さんの『りんこ日記』では、

一日の記録が「プリント」という一語だけの日がたびたびあった。

写真家である彼女にとって、プリント作業はとても大切なものなのだろう。

その日は、プリントにすべての時間と集中を注いでいたのかもしれない。

そう考えると、これを私に置き換えれば「朝練」。

たったその一言だけでも、日記は十分に成り立つのだ。


長いインターバルがあっても書き続けてみて気づいたのだが、

日記というのは、その日にあった出来事をすべて書き綴ることではないのかもしれない。


その日に感じた、たった一つの感情でもいい。

たった一つの出来事でもいい。

空がきれいだった。

寒かった。

眠かった。

何もしなかった。

そんなことだけでも、日記は充分に成り立つ。


書きたいときにはたくさん書けばいいし、

書きたくないときには天気と気温だけでもいい。

書き続けることこそが、日記の本質なのだと思う。


くどうれいんさんの『日記の練習』にも、こんな言葉が書かれていた。

「面白いから書くのではない。

書いているから、どんどん面白いことが増える。」

本当にその通りだと思う。


書かなくてもいい日もあるし、どうしても長く書けない日もある。

それでも、そんな断片のような文章でさえ、あとから読み返すと心に残る。


自分の日々の記録は、たった1行でもいいし、何ページにわたってもいい。

書きたいように書けばいいのだ。


文章でなくてもいい。

落書きだけでもいいし、1枚だけ写真を添えるのもいいかもしれない。

川内倫子さんの『りんこ日記』には、

一日ごとの日記に、携帯で撮った写真が一枚添えられていた。

そういう表現方法もとても素敵だと思い、

私もやってみたいと憧れたことを思い出す。


私も、自分なりの日記の形を見つけながら、これからも書き続けていきたいと思う。


※2025年3月18日 note記事より