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Ueda Lab (心理療法研究室)

スイス滞在記(2)

2026.04.14 17:00


 スイスに到着して2週間が経った。この間やるべき手続きや生活を整えるため雑用があってずっとばたばたとしていた。サバティカルの目的や受入研究機関のこと、さらにはこちらでの生活に必要な諸々の手続きのことなどもブログに記録しておきたいのだけど、上手くまとめることができずに、書けないでいた。


 このままだとせっかくの経験を取りこぼしたままになってしまいそうなので、とりあえず書けるところから書いてみる。




 今の時点で、もっとも印象的なこととして、ここでの暮らしが「静か」だということがある。

 これは比喩ではなくて、実際に音が少ないのだ。


 私は今チューリッヒ市から少し離れたヴァリゼレンという町に住んでいる。とにかく町は静かだ。人が少ないということもあるのかもしれないけど、どうもそれだけではないように思う。


 スイス人が音に敏感だということは、事前にいろんな人に注意をされてきた。アパートの契約にも事細かく書いてある。何時から何時は音を出すな、夕方からは楽器は演奏してはならない、土日は洗濯や掃除をするな、昼休みは(休む時間だから)洗濯や掃除をするな、と。

 なので、最初はアパートの中でもちょっとびくびくして過ごしていた。長女はどうしても夜中に目を覚ますことがあるので、そういうときは特に。


 ただ、この「静かであること」の価値をこちらに来てからすごく感じている。

 なんだそんなことか、と言われるかもしれないが、これは自分にとって本当に印象的だった。そうか、自分はこれを求めてサバティカルを取ったんだ、この静かさがスイスに来た一番の価値なのだ、と感じる。


 人が少ない上に、あまり大きな声で話していないし、人々は休みを大事しているようで、休日はしっかり店を閉めるし、昼や土日は皆ベランダでベンチに座ってぼんやりしている。それから緑が多い。町の中にちょっとした林や丘のようなものが点在しているし、遠くには平べったい山がいつも見えている。

 車は走っているけど、トラムやバスは電気で動いているので音も少ない。

 それから、ここは住宅街のはずだけど、アパートの前には小さな草原があって、大きな牛が3頭いる。なんのためにこんなところで牛を飼っているのかわからないけれど。

 鳥の鳴き声もよく聞こえる。


 「静か」であることが生活の中に非常に大事なものとして組み込まれているように見える。




 心理療法的観点から言えば、「静かであること」は非常に大きな意味があるのではないか。そのように思ったのだ。あまりに当たり前過ぎて、表立って言われていないかもしれないけど。


 心理療法というのは「聞く」行為を軸としている。「聞く」というのは情報収集ではなくて、「耳をすまして」そこにあるものを受け取るということだから、慌ただしかったり、周囲がざわざわしていては、集中して聞いたり、考えを深めることは難しい。心理療法は「静かであること」を前提としているのだ。もう少しわれわれは「静かであること」を大事にするべきではないだろうか。

 このような静かさのある土地でJung C.Gの深層心理学が生まれたというのは理解できる気がした。


 急いで付け加えると、私は「静かであること」を単に素晴らしいことだとは思っていない。私個人は、むしろ少し騒がしい日々や雑然とした暮らしの中にこそ生きるということの面白みもあると思う方だ。

 お酒だって、おしゃれなお店で飲むより町中の庶民的な居酒屋の方が落ち着くし。

 でも、それはそれとして、自分にとって今「静かであること」の重要性をあらためて確認できたことは、最初の大きな収穫と言えそうだ。


 自分がこれから学んでいこうとするJung派心理療法が、まずこのような静かな土地で発生したという気づきは案外大きいのかもしれない。

 「ある種の心理療法はその土地(風土)と切り離せないのではないか」。


 受入研究機関に行って学ぶだけでなく、今回のブログのように、こちらでの「生活」からも研究テーマについて考えることができる。せっかくサバティカルとして長い時間をもらっているので、そうしないともったいないと思う。

 そういう観点も持ちながら、これからスイスでの生活もブログに記して行けたらと思っています。



(アパートの前の草原と牛)