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NPO法人YouToo

心の痛みを掬うということ

2026.04.15 15:20


(*性暴力に関する記述がある文章です。) 

 1,大阪検事正の性暴力

 あるジャーナリストのYoutubeの報道番組で、”ひかりさん”という性暴力被害者が度々ゲストで発信されています。ひかりさんは2018年9月に、大阪地検トップの検事正だった北川健太郎に宿舎に連れ込まれ、性暴力にあいます。ひかりさんは被害を訴えたものの、同僚からから口止めをされたりデマを流されたりする二次加害をうけ、更には北川は、「事件が公になると自死をする」という脅しの手紙を彼女に送ったのです。2024年6月に北川は逮捕されたものの、この事件からは、検察という本来被害者の立場に立つべき組織がひかりさんを守っていないばかりか、北川と一緒になって彼女を追い詰めているという現状が透けて見えます。ひかりさんは、PTSDの症状に苦しみながらも検察組織がよくなってほしい、そして、回復して被害者支援にまた当たれるようになりたいという使命感からずっと発信を続けています。

2.ひかりさんが発信せざるを得ない理由

 番組内で、ひかりさんを担当する田中嘉寿子弁護士の話がとても印象に残っています。性暴力被害者のPTSDを理解の助けになると思うので下に引用します。 「ひかりさんと接していて、病気だって分かることが何度もありました。訴状を書く時も馬車馬のように、私が付き合いきれないくらいずっと寝ないで作業しているんです。夜中3時、4時にもメールが来ていて、私は付き合いきれないと思ったけど、これがPTSDの「過覚醒」だってわかったんです。命を削って、生命エネルギーを全部使って、次の会見の資料も作り続けているんです。PTSDの過覚醒の時に外部に沢山発信するんです。過覚醒の後で待っているのは、反動で身動きが取れなくなるんです。その繰り返しがどんどん症状を悪化させている。お医者さんからはこんなこと続けていたら命が持たないって言われているんです。ひかりさんだけじゃなくPTSDで苦しんでいる方、みんなそうなんだと思います。」 弁護士さんの話を隣で聞いていたひかりさんは突然号泣し始め、嗚咽しながらこう答えました。 「作業をしていると解離できるんです。作業していると「被害者の私」はそこに居ない。かわいそうな被害者の私のために、検事の私が彼女を守るために戦っている。戦闘モードになれて自分の被害と向き合わなくって良い、自分が被害者と思いだしたらもうだめなんです・・・。思い出したくないんです・・・。検察には北川に似たおじさんばかりで、おじさんを見るのもいや、そばにいるのも嫌、北川と過ごした場所を思い出すのも嫌、おでこにあいつの醜い体が、裸体がずっと張り付いているんですよ。レイプされていた時の自分を思い出したくないからずっと戦っているんですけど、私から作業を奪われるとただの惨めな人だからどうしても作業を止められない。私は苦しんでいる被害者の声をつぶさないよう検察によくなってほしい、そういう生きる目的を持っているんです。 検察の人には、私のPTSDが過労だっていうんです。自分の病気まで否定されて。一生引きずらないといけないのに」

 ひかりさんは、記者会見、ブログ記事、報道番組などを通じて大変精力的に発信されています。しかし、番組内で彼女が苦痛を感じながらも一つ一つの言葉を絞りだすように話されているのを見て、気付けば私も泣いてしまっていました。

 人はトラウマを負うと「戦うか、逃げるか、フリーズするか(fight, flight,freezeの頭文字を取って3Fと呼ばれます)」のいずれかの反応を起こします。ここで、戦う、逃げるモードに入ると人は「過覚醒」の症状を引き起こします。ひかりさんの場合は「戦う」モードになることで発信を続けているのでしょう。過覚醒に陥ると、常に脳内に危険信号が鳴っている状態となり、筋肉が強張り、不眠やイライラ、音や匂いに敏感になるなどの症状が出ます。ひかりさんが、寝ずに作業をすること、反動で身動きが取れなくなること、医師に「命が持たない」と言われていることは過覚醒の顕著な症状の現れなのです。ひかりさんは、作業に没頭していれば、フラッシュバックに襲われずにすむと嗚咽しながら話します。2024年の初公判で北川は起訴内容を認めたものの、その後、「同意があったと思っていた」と無罪を主張し、裁判は長期化しています。今のひかりさんにとって、裁判だけでも大変な状況になるのに、社会正義を求めてこのように発信しつづけていることは、正に命がけの行為だと思います。 

3.社会変革のためにもっと必要なこと

 精神科医であるジュディスハーマンの『心的外傷と回復』によると、ベトナム戦争の帰還兵は当初連帯することを阻止されていたと言います。彼らが被害体験について話だし、反戦運動を始められてしまうとアメリカとしては都合が悪いからです。また「PTSDの復員日本兵と暮らした家族が語り合う会」の会長を務める黒井秋夫さんによると、戦後80年たった今でも、戦争トラウマを抱えた当事者からの連絡は大変少なく、戦争から帰ってきた夫から殴られた妻や、レイプされた子供が連絡をくれるそうです。なぜトラウマを負った人がこのように周縁に置かれ、沈黙されているか、それは権力側に不都合な真実が彼ら彼女たちの証言に多く含まれているからではないでしょうか。トラウマを証言できやすい社会を作ることは社会正義を求めることと同義なのです。しかし、私が係ったことのある社会運動では、運動自体が、トラウマを負った人へ過度に負荷を強いているのではないかと、違和感を持つことが度々ありました。この違和感を言葉にしてくれたのが、『生きることでなぜ魂の傷が癒されるのか』という文献です。1994年、ルワンダで大規模なジェノサイドが起こり、今だに多くの人がPTSDの症状に苦しめられています。『生きることでなぜ魂の傷が癒されるのか』には、トラウマに苛まれるルワンダの人々が、共同体の再生を目指しながらPTSDを癒していく過程について書かれているのですが、社会変革や人権擁護を促す為に、被害者が語る際に起こる副作用について言及されています。トラウマ体験を語りながら自分たちの受けた被害と補償を主張し続けると、かえって、トラウマ症状を呈し続け、回復できなくなるというパラドックスがあるのです。

 本来、トラウマを負った人たちに一番必要なものは「安心の確立」です。過覚醒状態にある人は、ここは安心だと感じられる状態を保たなければならないからです。過覚醒にある当事者が命を削って発信することは、私たちが生きている社会全体がPTSDに対してあまりに無理解で、不正義が横行している現状が現れていると思います。トラウマを負った人たちは、世界から見捨てられ、孤独に突き落とされたという感覚を強く持っています。トラウマを手放すためには、彼ら彼女たちが自分と世界をまた再統合し信頼感を取り戻す必要があります。PTSDからの回復には、多くのエネルギーと時間が必要で、場合によっては一生かかることも有ります。耐えがたい疼痛を抱えながら自分の回復のため、更には将来同じ暴力で誰かが苦しまないため発信し続けている人が沢山います。私たち社会は当事者に今だそういうことを強いているのです。だからこそ、当事者の痛みは誰一人「他人事」となりえないのです。もっとこの社会が連帯にあふれたものになるよう、自分にできる活動を考えていきたいと思います。