共生
こんばんは。
高槻市にある、民藝の器、暮らしの道具、食に関する古書のセレクトショップ、お味噌や発酵食品中心のカフェ テマヒマ プロデューサー,バイヤーの太田 準です。
山口周さんの『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 経営における「アート」と「サイエンス」』については、テマヒマブログで過去に取り上げたことがあったと思いますが、COTENの深井龍之介さんと共著で「人文知は武器になる」を出版されました。積読本があるのでまた買っていませんが、その帯には『世界のエリートはなぜ歴史を学ぶのか?』。
「歴史」ということについては、これまでテマヒマブログでも何度かご紹介してきた、「歴史は繰り返さないが韻を踏む」という言葉や、竹村健一さんがよく引用していたビスマルクの「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」という言葉を僕は想起しますが、それほどに歴史を知る、学ぶことは重要に思います。そもそも歴史(意識)とは?から始まる小倉ヒラクさんの新著「僕たちは伝統とどうと生きるか」はかなり異色では?
「人文知」とか「リベラルアーツ」或いは「教養」という言葉がよく取り上げられるようになった気がしていて、その重要性が叫ばれているかと思いますが、深さや広さに違いはあるものの、ともに今という時代に、正解のない問いに向き合うために必要なんだろうと思います。テマヒマでの哲学対話/臨床哲学も専門的知識は不要ですが、そういった「人文知」「リベラルアーツ」も役立つでしょうし、借り物の言葉でなく自分の言葉として消化していれば是非使って欲しいとも思います。
最近読み終わった「資本主義と、生きていく。」(品川皓亮/COTEN)の前書きで、人文知を自分の人生に活かすための思考のスタンス、3つの原則を掲げていらっしゃったのでここでご紹介したいと思います。
①個人視点の原則 「主語を大きくし過ぎない」
どんなに難しいことを学ぶ時にもあくまでそれは自分にとってどんな意味をもつのかという視点で考えるというスタンス。違う文脈かもしれませんがテマヒマの哲学カフェでたまにお伝えする「小さな主語」という点にも通じます
②バランスの原則 「極端に走らない」
人類の歴史においては極端な意見が悲惨な結果をもたらすことが何度も繰り返されてきました。極端な主張や分かりやすさが受ける今に警鐘を鳴らしたり、多用性や寛容さの重要性を主張している通り、同意です。
③希望の法則 「脱力系の教えに安心しない」
安易に「あなたのありのままでいい」「成功に囚われてはいけない」という脱力系のアドバイスすることなく、絶望の中にも希望を見出す努力を徹底する。
人文知を人生を活かすためとは、ありますが、それだけに留まらないなぁと思ってご紹介させて頂きました。③は一瞬分かりにくいのですが、僕なりにちょっとずらした別の話を。
民俗学者の宮本常一は確か渋沢敬三に民俗学者としてのありようとして「舞台に主役にならないこと」を言われたと言います。舞台の主役にいると、大事なものを見落としてしまうと。主役になれなくても舞台から降りず、舞台にいることを諦めない姿勢も大事かんと思います。違うか?笑
ちなみに、一昨日の「直線」というタイトルのブログでご紹介したように、この本では資本主義における構造的しんどさ(=追われている感覚)と資本主義の構成要素を説明した後、それらとの「距離感」が大事であると〆る訳ですが、この「距離感」というワードも僕自身とても意識しているところです(前述のバランスというのとも通じますが)
テマヒマでもお取り扱いさせて頂く、小倉ヒラクさんの新著「僕たちは伝統とどう生きるか」の23日発売開始を前に、小出しに関連した内容のブログをここ最近書いていますが、結果的に密かに「資本主義と、生きていく。」からの内容も「継手」「直線」というタイトルのブログ、そして今回とご紹介することになってました。。。
「僕たちは伝統とどう生きるか」「資本主義と、生きていく。」
”生きる”というワードを二人の著者が選んでいるのは偶然でしょうか?
ほぼ同時期に”生きる”というワードが入った書籍を選んで読んでいるというのは偶然でしょうか?
テマヒマは先程本日の営業終了しました。お越し頂きました皆様ありがとうございました。妊婦のお客様、赤ちゃん連れのお客様が多いで、可愛い赤ちゃんたちに癒されました。ランチで満席の為お断りしてしまった皆様申し訳ございませんでした。
明日も11時オープンで皆様のお越しをお待ちしております。ランチの11時半,12時のお時間はご予約で満席となっていますので少し遅めにお越し頂くのがおススメです。12時以降のお時間はお料理の確保予約(お席は空き次第のご案内)も承っております。
それでは明日も好いモノ、好いコト、好いトキをテマヒマで。
今日も一日お疲れ様でした。好い夜をお過ごし下さい。