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4/19 「ひとつの群れ」 三浦 遙牧師  聖句:ヨハネ10:7-18

2026.04.19 01:20

イエスは「わたしは羊の門である」「わたしは良い羊飼いである」と語られました。羊の門、原文では「羊のための入口」とも訳せるこの言葉は、イエスを通らなければ神の国も永遠の命も与えられないことを示し、イエスを通らない者は羊に害をなす盗人や強盗であると厳しく警告するものでもありました。

 この言葉を聞いたファリサイ派の人々は、理解することができませんでした。彼らはユダヤ教の中でも律法を守る清い者として人々から高貴な目で見られ、神の教えを人々に示す指導者的な立場にありました。自分たちが導く側であると信じ切っていたからこそ、人々を導こうとされるイエスのたとえが理解できないし、イエスに導かれることを認められないのです。権力欲や支配欲に染まり、自分たちにそぐわないものを排除しようとするその姿は、まさに神の教えとは真逆のものでした。

 一方、良い羊飼いの話は、当時の民衆にとって格別の喜びでした。多くの人々は明日生きるために毎日働き、指導者や雇い主の気分次第で生きるか死ぬかが左右されるようなギリギリの生活の中にいました。病や性別、生活苦によって仕事を任せてもらえず、目を向けてすらもらえなかった人々も数多くいました。そのように搾取され蔑ろにされてきた人々がこの言葉を聞いたとき、誰であっても羊飼いの声に従いさえすれば、優しく声を掛け、守り導いてくださると知るのです。今まで多くの指導者が支配という形で人々に関わってきたけれど、このイエスは愛をもって導いてくださる。そこに大きな喜びと輝かしい希望があり、多くの人がイエスを信じたいと願ったのでした。

 わたし達もまた、地位や権力があろうとなかろうと、皆イエスにとっての羊であり、互いに守り導き合う一つの群れです。信仰の道から迷い出てしまう時があっても、イエスは命を懸けて一人一人を探し出し、導こうとしてくださいます。その深い愛に支えられながら、わたし達もまたイエスという門を通して示される大きな喜びと希望と愛とを、多くの人々に宣べ伝えていきたいと願います。