3月29日 棕櫚の主日礼拝
3月29日 棕櫚の主日
礼拝説教
伊藤大輔牧師
ルカによる福音書 23章26〜43節
法とは何か。
イエスは律法を犯したとして裁判にかけられる。
法が重んじられる裁判でイエスは無罪になる。
だがそれでも十字架にかけられる。
イエスを十字架にかけたもの、法を重んじるもの。
法とは何か。
律法を重んじるもの。
法は守ったか、守らないか、その判定を下す境界線を定めるものと。
法の言葉が大事。法の言葉に執着、固執していた。
イエスは律法の言葉を守らない。
それでもイエスは自分は律法を完成するものと自らを語る。
法とは何か。
法、願いが込められているもの。祈りが込められているもの。
人々がこうなってほしい。国がこうなってほしい。
律法、神の願いが込められているもの。
これがわかってほしい。こうなってほしい。
言葉、文字の先にあるもの。
イエスはそれがわかっていた。
故に言葉に、文字にこだわらない。
その心を実現する。
時に言葉を無視をする。
時に応じて神の願いを実現するなら言葉には固執しない。
法が言葉だと思っているもの。
法の心、願いを探していないもの。
心が分からなければ法は自分になっていない。
自分でない法など無視をしてもなんら問題の感じない。
裁判を無視する。
自分の思いをかなえる。
法を重んじていたイエスを殺すのになんのためらいもない。
世界が未秩序で動いている。
願い、祈りが否定される世界になっている。
この世界はこのままなのか。
十字架にかけられた罪人。
自分は自らの罪の故、十字架にかけられている。
それは当たり前のこととしたうえでイエスに願い出る。
御国に行ったときに私のことを思い出してほしい。
法をわかっている者。
イエスは答える。
今日あなたは私と一緒に天国にいる、と。
法を知っている一人
この者が次の世界に行ける。
法を知るもの。
神の願い、心を知るもの。
聖書の物語ではそれはいつも一人、孤独なもの。
そして、その一人が次の世界へ進み、世界を変えていく。
心を知らないものがどんなに多くても、その者たちが世界の様相を作ったとしても、
たった一人の心を持ったものが世界を変える。
蝶の羽のはばたき。
それで世界は元に戻る。
神が認めた「良い」世界に。