立憲
こんにちは。
民藝と発酵をモノサシに食を通して健やかな暮らしを提案する古民家セレクトショップ&カフェ テマヒマ プロデューサー,バイヤーの太田 準です。
自民党大会で、現役自衛隊隊員が君が代を斉唱するということが少し前にありました。自覚的なのかは分かりませんが、台湾有事発言から続く所謂右傾化を感じますし、無自覚であれば尚更、箍が外れているというか危険に思います。そして防衛装備移転三原則の運用指針の改定。殺傷能力のある武器の輸出を制限していた「5類型」(救難、輸送、警戒、監視、掃海)の撤廃。報道で関連してよく取り上げられいた宮沢喜一(当時は外務大臣)の「わが国は兵器の輸出をして金を稼ぐほど落ちぶれてはいない」という答弁はとても響きますし、「戦争を知っているやつがいるうちは日本は安心だ。戦争を知らない世代がこの国の中核になった時が怖い」という田中角栄の言葉が指す時代に我々は今います。
小倉ヒラクさんの「僕たちは伝統はどう生きるか」ということに関連して、少し前に「保守」というタイトルでブログを書きました。4月末に日本経済新聞の政治面でも「保守」を聞くという連載がありましたが、政治的な保守は現行の政治体制を尊重しつつ良い方向に漸進的に改革を進める19世紀からの考え方(宇野重規・東大教授)であり、もともと穏健な思想(河野有理・法大教授)、永遠の微調整が保守の精神(中島岳志・東京科学大学教授)。大切なものを守るために変わっていかねばならない、というのは伝統にも共通することですが、一般的に言われる保守=右とは随分違って感じられると思います。
前述の中島岳志さんは、保守とリベラルは対立しないとしていますが、逆に「立憲」と「民主」が対立することがあるというのを昨年、RITA MAGAZINE2~死者とテクノロジー~の「利他的な死者」で驚くとともに、読んで納得しました。ちなみに立憲民主党は党名をつけた時にどこまでそれを意識していたのでしょうか?
「憲法は、歴史の中で様々な失敗を繰り返してきた死者たちからの「戒め」であり、現在・未来の国民を拘束する「重し」である。
(略)
立憲民主主義とは、死者の輿論(よろん/パブリック・オピニオン)に拘束されたデモクラシーである。死者たちは憲法を通じて、生者の世論(せろん/ポピュラー・センチメント)に歯止めをかける。歴史的に獲得してきた価値を擁護し、一時の熱狂や暴走を阻止する。死者たちには、亡くなってからも重要な仕事があるのだ。」
輿論ではなく、世論は、近視眼的になったり、ポピュリズムに寄りかねず、憲法がその歯止めになったりもしますし、直近のブログにつなげるならば、歴史や哲学などの人文知を学び、長期的な時間軸や多面的な視野で考えることが重要に思います。
日本国憲法施行から79年。
日本国憲法の理念が戦後もっとも危うくなっている気がして書いてみました。
ゴールデン蔵出し市も後半戦。今日明日、高槻はジャズストで盛り上がります。テマヒマもポタストとして盛り上がりたいところですが、今のところこのブログを書けるぐらい余裕があります。。。皆様のお越しをお待ちしております。
それでは好いモノ、好いコト、好いトキをテマヒマで。
今日も好い一日を。