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アンティーク フェルメール

1830年頃のミクシング・グラス。

2026.05.04 08:02

1830~40年のミクシング・グラス(15,5 x 9,5 cm(上の口径))、イギリス製。飲み物を混ぜるときに使ったグラス、当時の高級グラス、ブルジョアが使用した物。結構レアな物。厚みもあり重く重厚感がある。

今連休だ、金沢人気が高まるに連れてマナーの悪いのが前よりも増える、今はスマホで簡単に情報を得られるので軽い気持ちで店に入る人もいるだろう、今さっきも、男女二人が来る、女の子が片手にコートとカバン持ったまま空いた手で店に入るなりショーケースを何も訊かずに開けアンティークに触り始めるのでやんわり注意する。来年から連休は予約した人と紹介の人と前に来られた方だけにしようと思う。ふらっと軽い気持ちで入って来る人のマナーは年々悪くなる、数年前と比べても連休中の金沢に来る人の質は落ちている、観光地として人気が出るとはこういうことなのだろう、逆にちゃんとした人はこの時期には動かない。しっかり物を探しに来てくれる人も連休中に全く来ないこともないが以前より減っている。こういうマナーの悪い人間が入って来ると中で物を熱心に見ているお客さんも気が散ってしまう。

それよりも僕が残念に思うのが昔は連休時期でも偶に面白いお客さんとの出逢いがあり話しが弾んだりしたのだが、今は淡々とこなしてる感じ、勿論この時期に来られる常連さんは別の話しだが。コロナ前の金沢に戻ってくれないかな、飲食店やお店も値段が高く、外見の下品な店も増え、夜の香林坊辺りも随分柄が悪くなった。先日も映画を観に行き、車で夜中の竪町を通り抜けようとしたら、ヤンキーが乗るような大きな車が数台停まっていて柄の悪いのが二十人くらいいて道を塞いでいる。暴徒化するかなと思いつつ、ゆっくりと彼らに近付いていくとこちらを睨みながらギリギリ下がって道を譲ってくれた。こんな経験は初めて、そう、金沢も別の街に変貌していっているのだ、品を失い「俗化」する金沢。

少し前に長野の松本に行った、ここの街は人も多くなく落ち着いていて良い感じだった、因みに新幹線は通っていない。唯、お店に入ると活気があまり無い店もあったりで、店の方と話していて、金沢から来たと伝えると、金沢はいいですね(流行っていて)、と羨ましい感じで言われたりした。詰まり、何でもそうなのだが、丁度いいくらいに流行る人気が出る、というのは難しいのだ、大抵の場合、流行り過ぎか流行らなさ過ぎかのどちらかなのだ。

日本全体を均一化して、地方都市を「リトル東京」にしていく新幹線、便利だが功罪も大きい。新幹線に乗り、着いた街でスマホ振りかざしながら歩くのが一体観光なのだろうか。過度の便利さが提供してくれる「シームレスな旅」というもの自体が問題なのだ。旅ならまだしも、人生自体もシームレス化してはいないだろうか。新しく出てきたAIという奴もシームレス化に寄与してると思う。

全てはスムーズ、全ては退屈、全ては無意味。


今毎日ちょこちょこと7月のトーク(4/20掲載の記事参照)の予習をしている、予習は楽しい、唯テーマが「文人的生活の勧め」ということで、そもそも「文人」という曖昧なものについて話さないといけないので多少やり難い。でも、「文人」を学問的に定義する訳ではないので、僕自身のアプローチは少し違う。後、「ジャンル(カテゴリー)」についても話すので、その二つを繋げていく為のキーワードが必要になる。後は多少のヒントを得る為に文化人類学の本などをパラパラ捲っている。僕はこうやってゼロから考えていくのが好きだ、自分でテーマを決めて、その「物体」を両手で少しずつ転がしていく、最初は動くように見えなくても続けていると動き出すから面白い。

(トークは定員に空きが後6名です、もし行こうかなと思われてる方はお早めにどうぞ、定員に達し次第締め切ります。予約なしの参加は不可です)

今トークの為に読む本を三冊注文して届くのを待っている、民俗学の本、劇作家が書いた犯罪に関する本、江戸時代の尼僧の伝記、の三冊。文化人類学の本も参考図書に使う予定。こうやって準備しているときが愉しい、点と点が繋がりながら広がっていき、そこに浮かび上がってくるものの景色を観るのが面白いのだ。