女子高潜入編~貴子姫、画策する(三)
「思った通り、S女子高のセーラー服がよく似合うわ。この首の細さと顔の小ささといったら!やっぱり、三つ編みにして正解ね。どこから見ても可愛らしい女生徒よ♡」
松平家の広大な屋敷の一角にある白を基調とした瀟洒なインテリアのドレッサールーム。優美な曲線を描く猫脚の鏡台の鏡の前で、貴子姫は自分の作品を満足気に眺めて言った。
「も、もう、いいよ・・・それより、この鬘、もう取ってもいいか?さっきから、頭が痛くて・・・」
狭霧は、鏡に映る自分の姿を正視できないというように顔を赤らめ、鏡から目をそらしながら聞いた。が、貴子姫の言葉どおり、セーラー服を着て昔の女学生風に髪を両側で三つ編みにした狭霧は、性的に分化しきらない年代の未成熟な魅力を湛えた少女そのものだった。一重瞼の瞳を伏し目がちにしている様は、ひっそりと俯いて咲く菫の花の可憐な姿を思わせた。
「仕方ないわね」
狭霧の言葉に、貴子姫は少し残念そうに言ってから、
「でも、S女学園へ通う間は、毎日、私が髪をアレンジしてあげるから承知してね」
「え、どうやって?」
「勿論、その間はこの屋敷で暮らすのよ。部屋も用意してあるわ」
思いもよらない貴子姫の言葉に狭霧は一瞬呆然とした。が、はっと気づき、
「で、でも、俺、おっさんに飯作んなきゃ・・・」
「坂口さんへはさっき自宅へ連絡して了解をとったわ。剣望くんがいない間、家政婦に通ってもらうように手配もしたから坂口さんの心配はしなくても大丈夫よ」
貴子姫の包囲網は完璧だった。逃げ道を完全に塞がれたことを悟った狭霧だったが、それでも最後の抵抗を試みずにはいられなかった。
「けど、恰好はともかく、女子高生らしい芝居をしないといけないんだろ?俺、話し方とかうまくできるか分んないよ」
「女子高生というより、女子中学生じゃないかしら・・・」
「え?」
「いえ、何でもないわ。話し方は、そうね、お芝居ができるならそうしても良いけれど・・・多分、そんなに心配しなくてもいいと思うわ」
そう言って、貴子姫はにっこりと微笑んだ。
「・・・て、松平が。でも、やっぱ、ばれたらまずいだろ?そう思って、あんましゃべんないようにしてんだけど」
眼の前の少女の、薄桃色の二枚の花弁のような唇から、まぎれもなく自分たちのよく知る忍びの少年の口調で言葉が発せられるのをくらくらする思いで眺めながら、やじきたCはひそひそとささやきかわした。
― 流石、貴子さん、的確な読みだ・・・
― 確かに誰も疑うまい・・・
「何、ひそひそ話してんだ?お前たち」
狭霧が気づいて尋ねた。
「えっ、いや、そのー」
「やじさん、そろそろ教室へ戻るよ」
矢島が焦ってごまかそうとするのを篠北が遮った。
「せっかく、貴子さんが剣望くんを送りこんでくれたんだ。あたしらが剣望くんと一緒にいるところをあまり他人に見られないほうがいい」
「そうだな。そろそろ他の生徒も登校してくる頃合いだ」
狭霧も篠北に同意した。
「そ、そっか・・・じゃ、戻ろか。・・・剣望くん、また後でね」
矢島は狭霧に手を振って、既に教室の出口に向かいかけていた篠北の後を追った。
しかし、篠北は戸口の所で立ち止まり、矢島を先に行かせると、狭霧を振り返って言った。
「剣望くんも、くれぐれも用心しておくれ。・・・まあ、その姿なら、まず正体がばれることはないと思うけどね」
その言葉に、狭霧は反射的に篠北の眼を見返した。今度の敵は正体が判らない― 雪也の言葉が脳裏に浮かんだ。
「・・・分かった」
肯いてそう答えた瞬間、狭霧から少女の仮面は完全に消え失せ、油断のならない忍びの眼をした少年の貌があった。
to be continued ・・・(本気にしないようにw)