“アイドル”や“何者か”を目指す君への手紙 二百二十五通目『師は超えるためにいる』
◆“アイドル”や“何者か”を目指す君への手紙 二百二十五通目『師は超えるためにいる』
「師は超えるためにいる」のです。
そう言われると、少し抵抗があるかもしれません。
今の自分を作ってくれた人。道を示してくれた人。技術や知識を授けてくれた人。お世話になった人。その師匠を「超える」なんて、どこか失礼で、傲慢なことのように感じるかもしれません。
しかし、本当に怖いのは、超えようとしないことなのです。師匠がずっと「一番」で、君がずっとその背中を追いかけるだけだと、「その世界」の成長はそこで止まってしまいます。
例えば、「芸能の世界」で、師匠の立場にいる人がいつまでもトッププレーヤーでいるようでは、「芸は更新されない」ということになってしまいます。
昨日より今日、今日より明日。少しでも先へ進むために、「誰かの到達点」は、いずれ「通過点」にならなければいけないのです。
アスリートがコーチを超えてメダルを獲得していくように、舞台に立つ者もまた、教えられた技術や美学をそのまま守るだけでは足りないのです。
受け取って、噛み砕いて、自分のモノにして、そして「越えていく」。
それが「継承」というものです。
もし、ずっと師匠が「越えられない存在」であるならば、その人は確かにすごい人なのかもしれません。
でも同時に、その後に続く誰もが「二番手」であり続けることになるなら、それは、「健全」ではありません。
本当に優れた師匠は、弟子に追い抜かれることを前提に教えているはずだからです。それが「師」としての使命だと理解しているはずです。ダンスの先生であれ、歌の先生であれ、芝居やお笑いの先生であっても、「いつか自分を超えていけ」と、言葉にしなくても、そう願っているはずです。
だから君は、遠慮するべきではないのです。
「超えようとすること」は、「裏切り」じゃありません。むしろ、最大の「敬意」であり、「恩返し」なのです。
教えられたことをなぞるだけなら、それは「模倣」しているだけでしかありません。でも、そこに君の「覚悟」が加わったとき、初めて「君の芸」になるのです。
そしてその時、師匠の背中は「目標」から「土台」に変わるのです。
さあ、君は、誰を超えますか?そして、どこまで行きますか?
その問いから逃げなければ、君は必ず「何者か」になっていくでしょう。
そして、いつか、誰かにとっての「師」となる日を迎えるはずです。
以上
「“アイドル”や“何者か”を目指す君への手紙 二百二十四通目」は2026年5月6日の記事
「“アイドル”や“何者か”を目指す君への手紙 二百二十六通目」は2026年5月20日の記事