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はっぴぃのたね

はっぴぃのたね たより  ~小満~

2026.05.21 01:27


今日は小満ですね 


こんにちは 

はっぴぃのたね ドロシーです 

いつも本当にありがとうございます


小満の季節のおたよりをお届けします


はっぴぃのたねでも

まばゆいくらいに

お庭の緑が繁ってきました。


小満のいのちの勢いを

日々感じています。


小満とは  陽の気が充分に満ち

万物が成長して生命力に満ちるころ 


そしてふたご座の季節のはじまりです


木々、草花たちは 

しっかりと大地に根を張り、根づき 

草 木 枝 葉 は繁っていきます。 


ふたご座の風は 

繁りという摩擦や風入れをとおして

陰に隠れている部分にも 

太陽の光があたるように

満遍なく風を入れ 光をあて 


まだ知らない世界 

あたらしい可能性へと扉をひらいていきます。 


ふたご座からのメッセージは

異なる世界に風をとおすこと。


学ぶこと、旅や移動、あたらしい交流


こころにも からだにも あたまにも
風をとおすこと。

家で例えると
滞った空気が外にでで
あたらしい空気に入れ替わるようなもの。

それは
さらなる成長に向かって 
陰に隠れている部分にも 

光をあてながら
自分自身と調和して
いくことへとつながっていきます。



ー 季節のめぐり ー 

小満 

5月21日


ふたご座の季節

5月21日 〜6月20日 


満月(いて座)  

5月31日 


芒種

6月6日


新月(ふたご座) 

6月


夏至  

6月21日


かに座の季節

6月21日〜 7月22日



感じることの深まり 

最近、さらにかんじるのです。 


見えるものだけが現実なのではなく 

感じられるものの中にこそ 

本当に大切なものがあるのかもしれないと。 


わたしたちは

ふだん 見えているものや言葉で 

世界を理解しようとしています。 

 

けれど、その奥では

言葉になる前の“感じる層”が 

静かに働いていて 


そしてその“感じる”ということにも 

深まりの層があるようにおもうのです。 


わたしたちの意識には 

自分で気づいている「顕在意識」と 


まだ気づかれていない 

「潜在意識」があるといわれています。 


顕在意識は 

「考える」「判断する」「こうしたい」と 

頭で理解している部分。 


日常でわたしたちが 

“自分”だと思っている意識です。 


けれどその奥には 

もっと大きな潜在意識の層があり 


過去の記憶や感情、習慣、感覚、 

まだ言葉になっていない想いなどが 

存在しています。 

 

海でたとえるなら 

水面に見えている部分が顕在意識。 


その下に広がる深い海のような領域が 

潜在意識なのかもしれません。 


だからこそ わたしたちは

頭で理解しているだけではなく 


感じることや 

からだの感覚や 

静かな内側の声にも 

耳を澄ませていくことが 

大切なのだとおもいます。


それは上から

下へ落ちていくというより 


内側へ静かに螺旋を描くように 

潜っていくような感覚と 

浮上してくるような感覚。 



感じることの5つの層 

まず、 いちばん表面には「思考」がある。 

考えようとする領域で

 「こうしたい」「こうすべき」と 

頭の中で世界を整理している層。 


ここはまだ浅く

変化しやすい場所でもある。 


その下には「感情」がある。 

うれしさ、かなしい、不安、安心。 

出来事に対して心が自然に揺れる 

とても正直な層。 


さらにその下には「身体感覚」がある。 

呼吸の浅さや重さ、 緊張、痛み、温度の変化。 

言葉より先に反応している部分であり 

ここが本音にもっとも近いことがある。 


その奥には「無意識」がある。 

過去の経験や記憶、気づかないまま 

繰り返している反応のパターン。 

「わかっているのに変えられない」 

その正体が、この層にある。   


そしてさらに深いところに 

「いのち・存在」がある。 

個人を超えた生命の流れであり

ただ“在る”という感覚そのもの。   

安心、静けさ、 つながり、ゆだねる感覚。 


ここでは「自分」という境界が 

少しだけ静かになる。 


わたしたちは

見えるものだけではなく 

見えないものに支えられ 

見えないものに動かされながら生きている


だから「感じること」は 

ただの感情ではなく 

自分という存在全体で 

受け取ることなのかもしれない。 



世界が広がるということ 

先日、1970年代のユリ・ゲラー 

来日によって起きた超能力ブームの中で 

「スプーン曲げ少年」として知られる 

清田くんのお話を伺う機会があり 


その体験を通して 

あらためて「おもい」 

というものの深まりについて

考えさせられる時間となりました。 


スプーンは食事の時に使うもの。 


スプーンは曲げられる。 

そして、人間はスプーンを切ることもできる。 


清田くんの触れていたスプーンが 

目の前でスパッときれて

持つ部分がおちたのです。 


それも切り口は 

鋭利な刃物で切ったかのようでした。 


そして、清田くんは 

この分断されたスプーンを 

ひとつに戻すこともできるといいました。 


これまで自分の「できる」と 

思っていた範囲の外側に 

まだ知らない可能性があると知ったとき 


世界の輪郭が広がり 

それは、現実の広がりであると同時に 

意識という世界の広がりを 

感じる瞬間でもありました。 

 

この体験をとおして 


あたらしい世界を知ることは

人間の可能性を知ること。 


それがわたしにとっての 

いのちのよろこびだとかんじたのです。     



おもいの深まり 

この「感じること」と同じように

清田くんは “おもい”の

深まりの層を話してくれました。 


最初は、ふっと

浮かんでは消え 

浮かんでは消える「思う」

 

まだ形にならない

小さな点のような意識。 


それが誰かへ向かうと「想う」になる。 

自分の思いを誰かに伝えること。 

それで点が線になる。

つながりが生まれる。 


さらに広がると「願う」になる。 

目の前の誰かだけではなく 

その先の誰かへと広がり

線は面となって

世界へひらかれていく。 

 

「念じる」 

連続性をもち 

今の想いが深まり 

具体性を帯びていく。


念は今の心と書く。 


念ずると息がととのう。 

呼吸がととのい

心拍がゆっくりになる。


集中力が増し 

瞑想のような 

無意識と意識のあいだ 


まどろみのような

意識の状態。


「祈り」 

念じるは “利己”  

祈りは “利他” 


念じることが

“自分のため”へ 向かう意識だとしたら 


祈ることはその境界を越え

他者や世界へとひらかれていく意識


誰かの幸せや 世界の平和や 

いのちそのものへと向かう。 


そこにはもはや境界がなく 

ただ静かに大切なものを

おもい続ける状態がある。 



還っていくということ 

見えるものだけが現実なのではなく 

感じられるものの中にこそ 

本当に大切なものがあるのかもしれない。 


あたらしい世界を知ること 

人間の可能性を知ること 

体験すること   


わたしたちにとって

いのちのよろこびであり


自分の可能性をいきることが

自分を生きることなのかもしれません。


そしてそれは

どこかへ到達することではなく 


ただ、ただ

自分の内側へ還っていくこと。


結論を急がずに 

静かにうちなる声に耳を澄ませながら

そのひとつひとつの気づきが

自然にかたちになっていく時間を

大切にしていける場で

ありたいと感じています。


ふたご座の季節も

はっぴぃのたねはその感覚を

ひとりの中にとどめるのではなく


ともに感じ  ともに響き合いながら

それぞれの内側ではぐくみ

ひらいていくような時間を大切にしていきます。


いのちのめぐりとともに

日々がやさしくひらかれていきますように。


*・゜゚・*:.。..。.:*・*:.。. .。.:*・゜゚・* 


お知らせ


☆はっぴぃのたねは 現在 

6月・7月のご予約を承っております。 

はっぴぃのたねプランはこちら 

https://happynotane.shopinfo.jp/pages/6099278/page_202205290920 

 


☆はっぴぃのたねカフェ 

6月7日(土)8日(日) 

8:30~17:00

https://www.instagram.com/3.three.officia



☆ 本来のわたしに還るリトリート

~わたしという物語をつむぐ~ 

おのころ心平 × ドロシー

7月19日(日)開催

詳細は5月31日 

こちらのHPでご案内させていただきます