令和8年3月度 十三日御講 拝読御書
『上野殿御返事(うえのどのごへんじ)』
弘安(こうあん)2(1279)年8月8日 聖寿58歳
釈ま(摩)なん(男)と申せし人のたな(手)心には石変じて球となる。金(こん)ぞく(粟)王は沙(いさご)を金となせり。法華経は草木を仏となし給(たも)ふ。いわうや心あらん人をや。法華経は焼種(しょうしゅ)の二乗を仏となし給ふ。いわうや生種(しょうしゅ)の人をや。法華経は一闡提(いっせんだい)を仏となし給ふ。いわうや信ずるものをや。
(御書1380㌻1〜3行目)
【背景・概要】
本抄は、弘安2(1279)年8月8日、日蓮大聖人様御年五十八歳の時、富士上野の地頭・南条時光殿が鷲目(がもく・銭)や塩、蹲鴟(いものかしら・芋)、薑(はじかみ・生姜)等の御供養の品々に対する返礼のお手紙です。
内容は、種々の御供養が、身延という奥深い山中に住む者にとっていかに貴重な物であるかを、猛暑(もうしょ)における水、極寒での火、飢饉のときの米、戦争での武器、航海する際の船などに譬(たと)えられ、時光殿の志の尊さを讃えられています。拝読御妙判では、説話を通して、誠心誠意、法華経を信じ正直に実践すれば、どのような人であっても、必ず成仏することができることを、法華経に至ってはじめて成仏できた二乗(にじょう)や一闡提(いっせんだい)そして草木を示されて仰せられています 。
【語句の解説】
・釈ま(摩)なん(男)・・・摩訶男(まかなん)のことで、釈尊が成道(じょうどう)した後、最初の弟子となった五比丘(ごびく)の一人。瓦礫(がれき)を宝石に変える神通力があったとされる 。
・金(こん)ぞく(粟)王・・・金粟王(こんぞくおう)のことで、『本尊問答抄』にも、砂を金に変える王として記されている。
・焼種の二乗・・・二乗とは声聞乗(しょうもんじょう)と縁覚乗(えんがくじょう)のことで、二乗は自らが悟りを得ることだけを求め、身を焼き、心智(しんち)を滅する(灰身滅智・けしんめっち)修行を行った。爾前経(にぜんきょう)では、炒った種から芽が出ないように、二乗は永久に成仏できないとされたが、法華経において十界互具(じっかいごぐ)が説かれ、二乗の成仏も許された。
・生種(しょうしゅ)の人・・・生種とは発芽が可能となった種のことで、ここでは二乗以外の菩薩(ぼさつ)や凡夫(ぼんぷ)を指す。
・一闡提(いっせんだい)を仏となし・・・一闡提(いっせんだい)とは信不具足(しんふぐそく)や断善根(だんぜんこん)と訳し、仏法を信じる心がなく、誹謗して成仏の因縁を欠いた衆生のこと。悪逆の提婆達多(だいばだった)でさえ、法華経では成仏の記別(きべつ)を受けることができた 。
〔通 釈〕
釈摩男(摩訶男・まかなん)という人が手に取った石は、変じて宝珠となった。金粟王(こんぞくおう)は砂を黄金にした。法華経は(心を持たない)草木を仏となすのであり、まして、心ある人はなおさらのことである。法華経は焼種(しょうしゅ)の二乗を仏となすのであり、まして、生種(しょうしゅ)の人はなおさらのことである 。法華経は一闡提を仏とするのであり、まして、信ずる人はなおさらのことである 。
【御妙判を拝して】
拝読の御妙判では、法華経の仏様の力(仏力・法力)によって、如何なる人もすべて成仏することができる旨が御指南されています。
御妙判では、初めに法華経の力の譬えとして、(一)摩訶男(まかなん)が石を宝珠に変える神通力、(二)金粟王(こんぞくおう)が砂を黄金にかえた。の二例を挙げ、更には心を持たない草木ですら成仏させる力があり、心を持つ人であれば必ず成仏させることは言うまでもないと教えられています。次に、法華経以前において成仏を許されなかった二乗の成仏、誹謗を犯した一闡提の成仏ですら成仏させる力があり、それ以外(二乗・一闡提)の人を成仏させることは言うまでもないと教えられています。
法華経『薬草喩品(やくそうゆほん)第五』に説かれる「三草二木(さんそうにもく)の譬(たと)え」に「あらゆる世界の山、川、谷などの土地に生える木や薬草は、種類も名前も形も違い、薬草には大中小(三草)、木には大小(二木)の異なりがある 。その上に大きな雲が広がって世界を覆い、雨を降らせて、すべての草木に平等に降り注ぐ 。雨の潤いは草木に差別なく注がれるが、大きさ等に応じて成長には差別がある。仏の教えも同じである 。仏が世に出現することは大雲が起こること、仏が教えを説いて衆生を導くことは大雲が世界を覆い雨を降らせること、一切衆生は差別ある大小様々な草木のようなものである」(法華経二一五 取意)と説かれています 。この「三草二木の譬え」は、釈尊は成道以来、法華経に導く方便として衆生の機根に応じて種々の教えを説かれました。この譬えの真の目的とは、仏様は一切衆生を悉(ことごと)く成仏させるために種々に法を説かれたことを表した譬喩であります。
末法の現代、三草二木の譬えの大雲とは日蓮大聖人様の御教えであり、雨とは三大秘法の南無妙法蓮華経の題目の功徳であります。大聖人様・大御本尊様の仏力・法力により、どのような人でも成仏することができます 。しかし大事なことは、大聖人様・大御本尊様を信じる(信力)と正直に仏道修行に励む(行力)がなければ、叶う成仏も空しく絵に描いた餅となってしまいます。
大聖人様は「南無妙法蓮華経とばかり唱へて仏になるべき事尤(もっと)も大切なり。信心の厚薄によるべきなり」(御書一三八八)と、御本尊様に向かい正直にお題目を唱えることが成仏への初めであり、深く厚い信心ならば成仏も叶い、薄く浅い信心ならば成仏はまだ遠いと教えられています。故に我々は先ずは百日唱題行に精一杯励行し、合わせて化他行である折伏誓願目標成就に向けて精一杯励行し、自行化他の信心を大聖人様・御本尊様に御覧になって戴きましょう。深く厚い信心の人は、数多くの罪障を消滅できる功徳を給われるでしょう。薄く浅い信心の人は、火の信心を起こして励行を重ねましょう 。
以 上
春季彼岸会 3月20日(金・祝日)午後1時・午後7時
3月23日(日) 午後1時