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岡田 しん

恩師の引退に関して

2026.05.23 08:30

 私が一方的に「政治の師」と仰いでいる江田憲司前衆議院議員が、先般の総選挙落選の結果を受け、この度、政治家を引退されると表明されました。私は2008年(平成20年)に江田憲司事務所の門を叩き、政治の世界に足を踏み入れました。これまでの長きに渡る政治活動に敬意を表すとともに、秘書として、一議員として、党職員としてご指導頂いたことに深く感謝申し上げます。
 約20年前、私は東京の新宿区と中野区の境界に住んでおりました。新宿は自民党の重鎮・与謝野馨代議士、中野は民主党政権交代前夜で、ミスター年金と呼ばれ「消えた年金」問題の追及で人気絶頂の長妻昭代議士の地盤でした。政治の世界に足を踏み入れるのならば、このどちらかお二人の事務所の門を叩くのが定石でしょうが、私はどうしても江田憲司氏という政治家が気になって仕方ありませんでした
 ご紹介するには及びませんが、江田さんは若くして通産官僚という立場ながら橋本龍太郎総理の政務担当主席秘書官に抜擢され、自民党の長老議員や官僚を敵に回し、省庁再編などの難題に孤軍奮闘・獅子奮迅の活躍をされたあげく、橋本総理の辞任とともに官僚という身分をもアッサリ擲って、通産省に戻れば出世が約束されていたにもかかわらずプー太郎になってしまいます(第一の驚き)。
 そして、政治とは縁の無い生活をしていましたが、菅義偉(後の首相)氏から衆議院選挙への出馬を請われ、自民党公認で出馬するも、当時の森喜朗総理の「神の国」「寝ていて(投票に行かないで)」発言のあおりを受けて落選してしまいます。選挙の足を引っ張るトップや、利権団体にひたすら頭を下げ続け自分が自分でなくなっていく自民党的選挙に失望し、またもやアッサリと自民党を離党してしまいます(第二の驚き)。江田さんくらいの能力・経験・識見があり、党に残って要領よく期数を重ねていけば、いずれ大臣はもちろん、官房長官や首相にもなれていたにもかかわらずです。
 私が政治に関心を持った当時は、「あえて無所属、政界再編」を謳い、「しがらみの無い政治は、しがらみの無い政治家にしかできない」と政官業の癒着(今となっては「失われた30年」)の原因でもある企業・団体献金を一切受け取らず、業界団体・宗教団体等の組織的支援も一切受けずに、無所属議員として落選も経験しながら、草の根選挙で地盤を築きつつありました。私が江田さんの下で政治を学びたいと思ったのはその能力・経験もさることながら、こうした「長いものには巻かれない」「やせ我慢の美学」「(今日ではジェンダー的に批判されそうですが)男としての生き様」「逆張りの人生」に惹かれたからです。私には江田さんのような能力も経験もありませんが、この生き方だけは真似していきたいと思います。
 長い間お疲れ様でした。そして、ありがとうございました。