5/24 「わたし達の言葉」 三浦 遙牧師 聖句:使徒2:1-11
本日はペンテコステ記念礼拝です。先週の主の昇天を覚える礼拝に続いて、教会の歩みにおいて大切な節目となる主日を共に迎えております。来週には鳳教会の創立69周年を覚える音楽祭、そして記念礼拝も控えており、教会の始まりと鳳教会の始まりをこの時に重ねて覚えていく時となりました。
本日の聖書箇所、使徒言行録2章は、五旬節の日にエルサレムで聖霊が降った出来事を伝えています。「これからどうしていくのか」と不安を抱えつつ祈り続けていた弟子達の上に、激しい風と炎のような舌が現れ、聖霊が一人一人にとどまりました。聖書において「霊」は「風」「息」と同じ言葉です。創世記の天地創造の場面でも、神の霊が水の面を動いていたと記されています。目に見えないけれど確かに吹き、何かを動かしていく神様の御業の象徴として、聖霊は描かれているのです。
聖霊に満たされた弟子達は、ほかの国々の言葉で語り出します。集まって来た各地の人々は、自分の故郷の言葉が話されているのを聞き、「彼らがわたしたちの言葉で神の偉大な業を語っているのを聞こうとは」と驚いたと記されています。
心に留めたいのは、この「わたしたちの言葉」という一言です。これは母語で聞いたという言語的な驚きだけでなく、異なる文化を持つ人々それぞれにとって親しみ深い言葉で神の言葉が語られていたということでもあります。同じ日本語を話していたとしても、相手にわかる言葉、相手にとっての「わたしの言葉」を知ろうとしなければ、神の御言葉として伝えることはできないのではないでしょうか。聖霊の働きとは、自分の言葉を相手に押し付けることではなく、相手の場所まで、相手の言葉まで、神様の側から降りてきてくださる出来事でありました。
来週、創立69周年を迎える鳳教会も、「わたしの言葉」として自分だけがわかったように語るのではなく、「わたし達の言葉」として互いに伝わり、聞く人にとって「あなたに語りかけているのだ」とわかるように、神の御言葉を語り示していく群れであれればと願います。