新・生産性立国論
「日本人の勝算」を上梓したばかりのデービット・アトキンソン氏が2018年3月に発表した著書で、「人口減少」フェーズに入りつつある(入ってしまった)日本がこれからの成長戦略を描くために押さえなければいけない問題点と解決策を提起し、生産性向上に関する提言を行っています。まず、アトキンソン氏は、本書における主張の大前提として「人口数(の多さ)=経済成長」を挙げています。「日本人が勤勉なことや、高い技術力があることは先進国になるための必須条件なので、あって当たり前。高度成長の秘密として大々的に取り上げるべき主因ではありません。一方、日本がGDPで世界第3位の経済大国になっている主な要因として決して忘れてはいけないのが、人口の多さです。今、日本の人口は1億2,700万人ほどですが、これは世界第11位です。人口が1億人を超えている国は、世界にたったの13国しかありません。つまり、日本は世界に13ヵ国しかない、1億人以上の人口を持つ人口大国なのです。実際、先進国の中で1億人以上の人口がいるのは、米国と日本の2ヵ国しかありません。もちろん、人口さえ多ければ経済規模が大きくなるというわけではありません。しかし、人口に加えて技術もあれば、その国は世界トップクラスの経済大国となります。少なくとも先進国の中では、人口の多寡で、経済規模の大きさをほぼ完全に説明することができます。」と語っています。(本書P23ページ)
一方で、かつて日本の高度経済成長期にその成功理由としてよく論じられていた「日本および日本企業の特異性」に関しては、アトキンソン氏はそれが当時の成長の大きな要因であったとは考えていません。「日本経済が大きく成長していた時代に注目されていた、日本および日本企業の特異性は、あくまでも経済成長の補完的な要素であって、主要因ではなかったのです。。冷静に分析すれば、日本と日本企業の特異性が戦後、日本経済を復活させた主要因ではないことはすぐにわかります。日本の素晴らしい戦後の実績は、ごく普通の経済学の理屈をもって説明することができます。物事を変えていくためには、まずは現状の正しい認識が不可欠です。そのためには、客観的な分析が必要なのは言うまでもありまん。」「長年、『日本は特別だ』『日本的経営や日本型資本主義が経済の発展の秘密だ』と聞かされて育ってきた人たちは、おそらく日本の特異性にプライドを持っています。」しかし、アトキンソン氏は、当時の成長を「日本人の精神論、特殊性」に求めるのではなく、あくまで(数字による)客観的、冷静な分析をすることが必要であることを強調しています。そして、むしろ、その「特殊性、精神性」が逆に経済の低迷につながった可能性もありうるとして、”普通の国では考えられない”「失われた25年間」に言及し、その期間においては「(1990年から2014年までの)日本の生産性向上率は、世界156ヵ国中第126位で、先進国では最低で、アフリカ諸国並みの低さ」(世界銀行のデータ)であったと述べています。
では、アトキンソン氏が「人口の減少により日本社会が激変する」というその主張の根拠はどこにあるのでしょうか? 実は人類史上、比較的短い期間に人口が激減し、その結果、社会がそれまでのものと様変わりしてしまった先例があるのです。それは、1348年以降、欧州で起きた黒死病(ペスト)大流行の時代です。「ペストが流行した後、30年ほどで欧州では人口の約半数が亡くなり、その結果、欧州の社会は激変し、社会制度が根っこから崩壊しました。この例は日本の未来を占う上で極めて多くの示唆に富んでいます。何が起きたかを研究すると、今の日本の情勢と重なることが実にたくさんあることがわかります。特に、お年寄りより若い人、お金持ちより低所得者、女性より男性に犠牲者が多かったのも、これからの日本が迎える状況とかなり重なっています。」
欧州では、この黒死病の大流行により労働者が激減したため、資本家は大打撃を受けました。それまでは労働者の供給が過剰だったため、労働者の立場は弱ったのですが、ペストの流行以降は立場が逆転し、労働者の労働も生活の質も激変しました。当時の主力産業は農業でしたが、この労働者不足によりそれまで人手がかかっていた穀物の栽培からそれほど人手を必要としない畜産へ移行していったのです。換言すると穀物より畜産というより付加価値の高いものをつくるようになり、また労働に係る手間が減り、「生産性」も向上したのです。その結果、労働者の労働条件は劇的に改善され、同時に労働者の可処分所得の増加にもつながったのです。アトキンソン氏はここで「人口減少に直面した欧州の人々が、働き方を変え、資本家と労働者の関係まで変わるほど、必死で「生産性」を向上させたこと」がポイントであったとしています。アトキンソン氏は今後、人口減が進む日本の成長戦略をこの欧州の復活劇のキーとなった「生産性の向上」に求めようとしています。
「そんなに簡単に生産性を高めることなどできない」と思われる方もいるかも知れません。しかし、日本の生産性は、例えば、人口一人あたりの生産性ランキングでは日本は世界の中で第28位、労働者一人当たりでも日本は世界で第29位と先進国の中では極端に低いので、改善できる余地は極めて大きく残されているのです。また、国連のさまざまな調査で、日本の労働者の質は世界最高レベルだとされています。実際、労働者の質に関しては日本は世界ランキングの第4位 (OECD諸国「人材の質」ランキング2016年度)です。アトキンソン氏は、「この最高の労働者を活用し、経済合理性を徹底的に追求して生産性を挙げれば、人口減少を逆に武器にして日本経済を復活させることが可能」だとしています。そして第6章ではアトキンソン氏は日本がとるべき「3つの生産性向上策」として、1、企業数の削減、2、最低賃金の段階的な引き上げ、3、女性の活躍 を挙げ、第7章では「企業が生産性を上げるための『5つのドライバー』と『12のステップ』」を詳しく解説しています。
デービット・アトキンソン氏の著作は、「日本人の勝算」のところでも書きましたが、「とにかく膨大なデータを収集し、その膨大な資料から必要な情報を抽出し、それを可能な限りそぎ取り、徹底的にわかりやすく」してあるのが特徴です。ですので、彼の主張の裏側には徹底的な数字の裏付けがあるので、読んでいてとても説得力があります。これからの日本がどうなるのか? 日本がどうすれば再び復活できるのか? 特に経済に強くない方でもわかりやすいので是非お薦めです。