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日々是好日

まずはやってみる

2019.03.14 14:19

先日友人のところに行った時のこと。


「巻き爪がねぇ〜」 と言う。


治療で、ステロイドを使用して、

糖尿は出るし、水虫になったらしい。

そして、そのための巻き爪。


巻き爪は私もある。

小学校の時両方の親指の爪を運動中に穿いでしまい、

どうもその治り方が悪かったのか、

いや、巻き爪はそもそも爪の切り方が悪いとも聞く。


まあ、そんなわけで、人ごとではないのだ。


そして、たまたま、先日Facebookに流れてきたのが、ケーシー療法。

樟脳をアルコールに溶いて塗るというもの。

その話をした。


「樟脳をアルコールに溶いて塗るといいって、とりあえず、樟脳は買ったんだけどね。

アルコールが、度数が強くないとダメらしくてまだ買ってないの・・・」

「樟脳ってあの、防虫剤の?」

「うん、あれの樟脳そのもののやつ」

「そんなん・・、効く人もおるかもしれんけど・・・」


この人はいつもこうなんだ・・・。

否定から入る。


「私ね、人がいいっていうことは、とりあえずやってみるねん。

そりゃあ、状況によっては無理な場合もあるから、全部が全部できるわけじゃないけど、

やってみなわからへんやんか?だから、できることはやるの」

私は、そんなご縁を大切にしている。

自分にとって必要のない情報はやってこないと思っている。

やってきたのはご縁なのだ。


そんな思いから、彼女にはこれまでも、色々言ってきた。

あれがいいよ、これがいいよって。

でも、やらない。

(これまで多くの病気の人を見てきて、病気の方が都合がいい、病気を選んでるってこと)

そして、今頃になって、息子があれがいい、これがいいって言うの・・・って、

それ全部、以前から私が言ってきたことやし・・・。


そして、あれダメ、これダメということはちっとも聞かずにやってきて、

息子が、あれダメ、これダメっていうねんって。

それ、私言ってきたでしょ・・・ってことばかりなのよね。

(息子の言うことは聞いておかなければ、ほれ見たことかと言われたくない心理が働く)


最近、息子さんが言うことが、私が言ってきたことと同じだから、

少しはわかってきたかなあ?と思っていたら、

「私ね、○○のくすりやめようと思って。息子に言ったら、一遍にやめたらあかんって言うのよ。少しずつって。で、いつもお薬もらっている薬剤師さんに相談したの。

くすりやめようと思ってるって。そしたら、そんなこと絶対あかんって言うのよ・・・」

「当たり前やん!そんなの。相談するとこまちごうてるし」


息子に勧められて水素を吸っていて(以前私が勧めたことだけど)、

糖尿の数値が劇的に良くなって、Drもこの調子でいけば、糖尿の薬をやめてもいいかもって言われたと嬉しそうに話していたのは2ヶ月くらい前のことだった。

そして、1種類自分の判断で飲まずにいると言っていたけど?


でも、薬剤師はそのことを知らない。

知っていても、医師の処方箋どおりに薬を出すのが仕事だから、

やめてもいいとは絶対に言わない。

そんなことはわかっているはずだが・・・。


この半月間のバタバタで、忘れちゃったのかなあ・・・?

もうね、とにかく自分で決められないんだということがよくわかった。


「誰かに助けてもらうことは必要だよ。迷惑かけずに生きることなんて誰にもできないの。

それはお互い様なの。でも、自分のことは自分で決めなきゃね」


そんな話をして、病室を離れたのだった。


彼女は頭のいい人だった。そして、ちゃんと気遣いのできる人。

発病した時、「私、病気にはなったけど、心は病気にならないから」

と言った言葉を覚えている。

だから私は、彼女に同情はすまいと決めてきている。

でも、時間とともに心も病んでしまうのだろうか・・・。



追記

まずはやってみる

けど、合わないなと感じればやめますよ。

見切りをつけるのが早まったな、と後で思うこともあります。

もう少し続けていればよかったんじゃないか?とか・・・。

で、それは取り返せるのかどうかですが、

それも、それすらもやってみるのです。

「やらない」選択はないのです。

「できない」は状況が許さないからで、

選択ではなく「与えられていない」のです。


そんな感じ・・・わたし的には


何度かそんなことを繰り返してきました。

継続して積み上げたものがないんじゃないかと

思うこともありました。

でも、それがわたしであり、わたしの人生なんだと思っています。