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落合恵子blog Keiko Ochiai

「純白のとき」

2026.06.01 05:05

5月も、もう終わり。一年中で、緑が最も瑞々しく眩しい季節と別れるのは辛い。
今日5月30日、土曜日も暑い一日だった。

朝早くに、と言いたいところだが、11時のランチの始まり直前に、クレヨンハウスに飛び込む。

ランチとディナーの味見の要(カナメ)が今日はいないので、わたしがなんとか味見を、と吉祥寺に向かったのだ。
10時40分着。ランチは11時~。時間の余裕はない。
だしが多少足りなくはないか? 酸味は? ピンクペッパーは? あれこれうるさいだろうなと思いながらも、気づいたことはやはり言ってしまう。

厨房のスタッフは勘弁してよ、だろうが、今日はわたしが最初のお客であるのだから、許してほしい。
あれやこれややりとりして、ようやく味が決まった途端に、本来のお客様たちが。
郵便物を整理しているうちに、12時30分。
懐かしい女性ふたりと会食。以前、セクシュアルハラスメント等、ともに活動したひとたちだ。
夢中になって話していると、「落合さんですよね」
若い女性から声をかけられた。
10数年前だったか、この近くであった講演会に参加をした……。と話を聞いて、彼女と改めて向かい合った途端、思い出した。
「わたしは、その時、自分はハーフだと言ったんです……」
なんと、わたしは思い出していたのだ、彼女が誰であるかを。
といっても、名前は知らない。当時は中学生だったか高校生だったか、白いブラウスだったかセーラーカラーの服だったかに紺サージの襞スカートだったか。

人権がテーマの講演会だったと記憶する。話が終わったあと、進行係が会場に質問を促した。手をあげたひとの中に、いま目の前の彼女がいた。
はっきりと覚えているのは、こういった一般市民を対象とする講演会で、10代の参加者は珍しく、質問で挙手することはさらに珍しかった。

「あなたが、ご自分はハーフだと言ったのよね?」
最近もの忘れが激しくてサ、という話を女性たちとしていた直後のことである。
「そしたら、わたしが、あなたはハーフ、半分ではなくて、おかあさんとおとうさんの両方のいいところをもらったのだから」
「そうなんです。落合さんはそれから……」
「半分じゃなくて、ダブルなんだよ、いいとこ二倍だよって言ったんだ、わたしは」

自分の言葉だったか、誰かの言葉からだったかも憶えてはいないけれど。鮮明に覚えている。傍らで揚げたてのアジフライを頬張っていたふたりの友人が、
「すげー、記憶力!」
自分でも驚いた。

昨日のことどころか、すぐ5分前のことすら忘れるのに。パソコンのある部屋を出て、別の部屋に向かいながら「えっ? いま、わたしは何を探しているんだっけ?」。今朝もそうだった。
それが、10数年前のことを覚えているなんて!
あの日、会場には、決して少なくはない椅子が並び、どのあたりに彼女が座っていたのかも覚えている。
隣にいたのが、確かお母さんだったことも。

その講演会で、わたしは、わたしの母親がシングルマザーであったことでいかに傷ついてきたか……正確には傷つけられてきたか、「善良な市民たち」に……という話もしたのだと、さらなる記憶が遅れてやってきた。

「あの時、あなたはお母さまと……」
「そうです、後ろに」
そう言われて振り返ったら、
小柄できれいなお母さんが。そうだった、このお母さんだった。連れのもうひとりは彼女の従妹にあたるひとで、米国からやってきたのだという。

実をいうと、その朝、思うように仕事は捗らず、いつもの朝の儀式、ファイトケミカルスープを飲む余裕もないまま家を飛び出した。
そして、急いでいたために電車に飛び乗ろうとして、閉まる直前の電車のドアに弾き返されて、ホームに転倒。最悪の朝だったのだが。

10数年前の少女が、快活でしっかりとした若い女性となって、確かにここにいる!!

「ずっと会いたくて」とお母さまの言葉。
母親より頭ひとつ背が高くなった彼女が涙ぐんでいる。
「こんな朝は家に居たい」と思っていたのだが、よかったなあ、出社して。
Sさん。ありがとう。Sさんという名前だということも、今日はじめて知ったのだ。
彼女だか、お母さまだかのどちらかが図書館の仕事をしているともおっしゃっていた。昔からの知り合いの前で、なんだか素敵な賛辞をいただいて、あがってしまった。

新刊の拙著『がんと生ききる……悲観にも楽観にも傾かず』をプレゼントしたら、すでに読んでくださっているとか。
「すっごく心配していたんです。図書館に入れようか、入れたら、自分で買うひとが少し減っちゃうかも、どうしようか、と迷ったのですが」

ついてないなあと思えた朝から午前中の時間が、突然まぶしく輝く瞬間。
店の玄関の紫陽花の純白がきれいだ。