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ないとう農園

また眠るために

2026.05.31 00:30

 サツマイモの苗を植え、にんにくを掘り取り、空心菜ツルムラサキも定植し、畝間や法面の草を刈り、肥料をまいて土を耕し、今週も毎日朝から晩まで外で動いて働いて、夜には本当によく眠れます。夜も21時すぎになると、起きているのがやっとなくらいで、心よりも身体の方から眠くなり、眠ったそばからもう朝です。そしたらまた今日も畑に出かけ、一日土にまみれて帰り、また眠る、という単調な繰り返しの日々には、これはもう耐えられないどころかむしろ何よりの幸せを感じています。

 「一日の終わりにまだ、眠るという快楽が残されているとは。」

と、江國香織が誰かの言葉を引用していたのを本で読み、ずいぶん昔のことなのでぼくはうろ覚えで、ぼくの引用はいつも覚えたいように覚えているだけなので、あまり信じないでほしいのですが、でもだいたいこんな風なのは本当で、とにかく眠る前にこの言葉を思い出してみると、この言い回しで伝わるのは、もはや眠るという快楽以外のその日一日全部の肯定で、そうしておいてからさらに、眠りというお待ちかねの幸福をこれから迎え、それでもって今日という一日を最後の快楽で締めくくろうとするその態度には、これではもう年がら年中幸せなようなもので、つけいるスキもありません。

 江國香織の眠りについてのこの引用は、ぼくの頭でサミュエルベケットの「また終わるために」という小説の、なんとも秀逸で好きでたまらないこのタイトルに収斂されていき、しだいにこんがらがっていき、「また眠るために」と変換されてしまいます。そしてその通り今日も、「また眠るために」畑に出かけ、身体の部位という部位を動かしきってくるのです。

(ニュースレター記事より)