にゃんにゃん探偵チャーリーの冒険 ~ザ・ゲーム~・第2話『スパイ、毒、あるいは規則のパラドクス』
『うなぎ沢』という古い昔話があります。地元の漁師たちは川漁をする際、毒を流して根こそぎ魚を死に追いやる漁方が間違っていると誰もが知っているのに、一部の漁師が目先の誘惑に負けてその禁忌に手を出してしまいます。
狙った獲物だけでなく、稚魚や商品価値のない生き物まで全てを殺してしまえば、川は死に絶えます。その結果、食物連鎖が狂ってしまえば、地域全体の生活にも深刻な影響が及びます。
今、国会で行われている強行採決や閣議決定は、まさにこの川に毒を流す行為そのものです。
国家情報局設置法案やスパイ防止法は、一部の人間だけでなく全ての国民が対象となります。私たちのスマホの中身が、国やその民間下請け会社に丸見えになってしまう。全国民の納税、保険、犯罪歴などの個人情報と、ネット上のSNSやメールといったビッグデータ、さらには街頭カメラの顔認証がリンクされ、私たちの生活は完全に包囲されます。これらの法案は、プライバシー保護の議論が曖昧なまま、国民への十分な説明もないままに押し通されようとしています。実際、この危機について何も知らない人も多いのではないでしょうか。
ここで、あるパラドクスについて考えてみる必要があります。規則を説明することの難しさ、そして説明された側が本当にそれを理解できているのかという問題です。
ある規則を適用するとき、私たちはそれが「正しい」と信じて行動します。しかし、あらゆる行動はどのような規則とも一致させることができる一方で、対立させることもできてしまう。これが〝規則のパラドクス〟です。政府が「国民の安全を守るための規則だ」とどれほど言葉で説明したところで、規則の意味が権力によって一方的に決定されるなら、どんな行為であっても、後から「規則違反」と名指しされる可能性が生まれてしまいます。言葉による説明など、権力の前ではいくらでも空転してしまうのです。
自分には関係ないと思っている人は、かつての軍国主義時代を学び直してみてください。何の罪を犯していなくても特高警察や憲兵は市民を拘束し、拷問を加え、時には死に至らしめました。思想検事は岩波の本を読んでいただけの人を思想犯に仕立て上げたりもしました。今、国がやろうとしていることは、かつてのそれと、どこか不気味な地続きにあるように私には思えます。さらに情報が一本化され、対象者の親族の病歴や過去が調べ上げられれば、就職差別や結婚差別が合法的に復活しかねません。かつての日本で被爆者の子孫や被差別部落出身者が受けた苦しみを、現代の日本でまた繰り返していいはずがありません。
当家には、晩酌はチャーリーと共に、という厳格な規則があります。チャーリーは言葉による説明など受けなくても、晩酌の時間より早くそれを期待し、そわそわし始めます。規則とは、言葉の定義によって縛り付けるものではなく、それに関わる最大公約数の人がハッピーになれるような「生活形式」として機能すべきなのでしょう。
さて、今日もチャーリーがそわそわし始める前に、晩酌のメニューを決めるとしましょう。今夜もチャーリーの期待に添えるメニューを考えねば…、あっ、どうも。岩崎(チャーリーの飼い主)です。