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Art of Being -AI時代のライフコーチ|対話から、形へ

人は「それは違う」と感じた時に、逆に自分が本当に大切にしているものに近づく。

2026.06.04 22:00

AI活用というと、

「文章を書いてもらう」

「アイデアを出してもらう」

「作業を効率化する」

そんなイメージを持つ方も多いかもしれません。

もちろん、それもできます。

でも私が最近面白いと感じているのは、少し違う使い方です。

先日、海外に住みながら日本のお菓子教室を開催している方とのセッションがありました。

テーマは、「これから、どんな発信をしていけばいいのか」ということ。

これまでは日本人コミュニティー向けの発信が中心でした。でも、本当に届けたい相手は、現地の人たちなのかもしれない。そこまでは見えてきていました。ただ、その先がまだ曖昧でした。


日本のお菓子を教えるのか。抹茶やロールケーキを紹介するのか。日本文化を伝えるのか。どれも間違いではありません。でも、どこかまだ浅い。


そこで、私のMyGPTも一緒に使いながら、対話を深めていきました。

GPTがアイデアを出す。私がそれを読み取り、クライアントさんに返す。

すると、「それは少し違います」という反応が返ってくる。

またGPTに投げる。また返ってくる。また違う。


でも、その「違う」がとても大切でした。なぜなら、人は「それは違う」と感じた時に、逆に自分が本当に大切にしているものに近づくからです。


対話を重ねるうちに、見えてきたものがありました。

その方が届けたいのは、単に日本のお菓子の作り方ではありませんでした。

日本人が持っている、味覚への繊細さ。一つの味ではなく、いくつもの味を重ねて一つの体験にしていく感覚。季節や余白を味に込めること。小さなお菓子の中に、探究心や美意識を込めていくこと。

そういう、日本ならではの感性を体験できる場所を作りたいのだと。


その瞬間、発信の方向性が変わりました。「日本のお菓子を教える教室」ではなく、日本の味覚文化を体験する場所。


そう見えた時、未来のお客様の姿も少しずつ見えてきました。レシピだけが欲しい人ではない。日本文化に興味がある人。新しい味覚体験を求めている人。繊細な組み合わせや、作り手の探究心に触れたい人。そういう人たちに向けて発信していけばいい。


このセッションで改めて感じたのは、AIは答えを出す存在ではないということです。

AIの答えをそのまま採用するわけではありません。むしろ、「それは違う」「そこではない」「もっと近いものがある」と問い直すために使う。

AIが出した視点を材料にして、人間が違和感を拾い、本質へ近づいていく。そこに価値があります。


私の視点。クライアントさんの感覚。そしてAIが返してくる別の視点。

この三つが重なった時、一人では短時間でたどり着けなかった場所まで、対話が進むことがあります。


セッションが終わると、使ったMyGPTにそのセッションのフィードバックを作成してもらいます。そして必要に応じて、そのMyGPTのリンクをクライアントさんにお渡しすることもあります。

なぜなら、セッション中に見えてきた方向性を、その場で終わらせないためです。


MyGPTの中には、専門的な知識を搭載しています。そして、どんな在り方のAIでいてほしいかを設定しています。

セッション中に一緒に見つけた文脈を、あとからクライアントさん自身が続けて深めることができる。AIをその場限りの回答装置として使うのではなく、セッション後も思考を続けるための相棒として使う。そうすることで、対話はその時間だけで終わらず、クライアントさんの中で育ち続けていきます。



AI時代になってからの3年間、私はずっと一つのテーマを探究してきました。

「AIをどう使うか」ではなく、「AIによって人間の可能性をどう広げるか」。

ライフコーチとして20年以上、人の話を聴き続けてきた私にとって、AIの登場は対話の可能性そのものを変えるできごとでした。試行錯誤の末に見えてきたのは、AIは答えを出すための道具ではなく、人がまだ言葉にできていないものを発見するための対話相手として使えるということ。

今回のセッションは、その実例のような時間でした。

「人の話を聴く仕事」をしている方々へ

近々、noteにて「人の話を聴く仕事」をしている方向けに、『AI Session OS』という教科書をリリースする予定です。

傾聴する人の力を奪うためではなく、その人ならではの視点や洞察をさらに深めるために。クライアントさん自身がまだ気づいていない可能性を引き出すために。

AIと人間が協働することで生まれる、新しい対話のかたちを、ぜひ一緒に探求できたらと思っています。