英国好きの始まりを考える6
Brooke Bond Houseでのお仕事は仕事として楽しかった。
年齢も一番下だったので、ありがたいことに可愛がってもらっていたと思う。
紅茶との向き合い方は 美味しいし、面白いし、楽しい仕事 くらいの感じだった。
常に紅茶に向き合って、勉強してる方々が沢山いたので
ふらっとこの世界に入った当時の私は、みなさんすごいなー と そこにはすごく距離があった気がする。
あくまでも 英国に行けないからひとまず紅茶の世界にきた私。 (仕事はちゃんとやってます)
そんな中、世の中の情勢も落ち着いてきているかな?というところで、そろそろ自分の中で次のステップに行きたいなと思い始めていた時 英国でのワーキングホリデーが2001年から開始されていたことを知り
これだ!!
と思って自分なりに色々調べて 申請しなきゃ、とか残高証明取らなきゃ! とか
頭の中は完全に1年間英国へ行くつもりで動き始めていました。
が 結局 いろんな事情が重なりまくって 申請を 断念した。 (これもまた家の中では色々あった)
1年間英国へ行くことが 頭も心も勝手に進んでいたので またこの次の1年どうするんだ?となったときに ティーインストラクター取らないの? などと先輩方からそんな話が出てきた。
同じ1年 日本紅茶協会が主催するティーインストラクターでも取得してみるかな となった。
2階の先生も、先輩もみんな持ってるし。
といっても、当時のティーインストラクターは受講するだけでもすごい人気で、抽選と聞いていた。話によると2、3回抽選落ちて、ようやく入れた! などという人も嘘ではなくて沢山いた。
抽選ならもちろん落ちることもあるわけで、落ちたら紅茶とは違うことしよう と本気で考えていた私。 そうしたら 一発通過しました。。。 あれ?
正直なところ、 ぽっかり空いた空間にまた紅茶が入り込んできた! 当時の気持ちは本当にこれ。 英国行けないのに紅茶がグイグイやってくる。 なんか紅茶のアピールが半端ない。
そんなこんなで、当時20代前半があまりいなかった インストラクター受講に当時のクラスの一番若手で入った。
飛行機や新幹線で通う同期もいる中、抽選で何回もチャレンジして入った方々もいる中、 こんな軽い気持ちでっていうかなんというか、流れるように入り込んでお邪魔してます、、、 の気分で週1回 x 1年間 新橋に通った。
仕事も勉強も紅茶に包囲されました。
先日掃除中に出てきた「紅茶会報2002年版」 2002年、、、改めて年号見ていると、、、
愉快なおっちゃんTさんとW杯の話、沢山したな、、、と思い出し。 ましてやW杯シフトにしてもらったな などと忘れていたことを思い出しました。