英国好きの始まりを考える8
インストラクターを取得する少し前に 裏ではBrooke Bond Houseを離れました。
好んで離れたわけではないのだけども ちょっとストレス過多で体調が万全ではなくなりまして。
その後、2階のお教室で出会い 仲良くなった方(Y さん)が青山で紅茶のお店を開いたとのことで よかったら働かない? ということでお手伝いをすることになりました。 素敵な空間でBrookeとはまた全然違う環境。 そしていつでも紅茶の疑問を先輩に聞けた環境とは異なり、 何かあっても自分で判断も必要になったり 違う緊張感があります。
そしてそのお店も1年程度で紅茶専門からCafeよりにリニューアルしたのだけど 紅茶だけは引き続きちゃんと扱っていくとことで リニューアルのお店の立ち上げから末端の方で関わらせてもらうことになった。
このあたりからシェフという仕事につく方々とも一緒に働くようになっていった。
とても面白い環境(ビル)で アパレル関連 スポーツ関連 レンタルスペース ダンススタジオ そして私も働くcafe が入っていた。 このお店での経験も その後の私にかなり大きな影響を与えている。
青山という土地柄もあるけれど(こどもの城の近く) ビルで働く方々 物を作るアーティストさんだったり プロのダンサーさんだったり、子供からご年配のダンスの生徒さんだったり 世界の大会で戦う方だったり テレビで見るような方々もきたりして。 その空間にいるだけで多くの刺激を受けた。 Yさんのご家族経営の会社だったため ビル全体が家族感があるのもまたアットホーム感もあって仕事として厳しいところもあるけれど、暖かい空間だった。
友人Yさんのお人柄に集まる 本当に多岐に渡るジャンルの方々がお店にきてくれて またその方々に 紅茶を淹れさせていただきながら カウンターでいろんな話をしたり。 今まで知らない世界を沢山教えていただいた。 多くの方がそれぞれの自分の世界で頑張ってる姿を見ているうちに
私には紅茶なのかもしれない。
とここにきてようやく思い始めたりしていた。
私からはそれぞれの方を 「=そのジャンルの方」としてみるように 確実に みなさんから見える私は 「紅茶の人」 だった。
Brookeを辞めた後 あれだけ言ってた英国には行ってないの? となるところだけれど インストラクター取得した翌年は ステップアップクラスが1年間引き続きあったので 英国行きはできなかった。 それに職場は 今となっては留学並みに 刺激を受けた2年半だったし 私が休んだらお店回らないな、など結構真面目(笑) でずっと働いていた。
その分 仕事帰りに 青山ブックセンターに立ち寄っては 英国関連の本を沢山買い込んで 英国への思いを募らせた。
2年半 経過した頃 さらにお店のリニューアルの話があった。 もっと私の好みに寄せたお店にしても良いよなど 素敵な話もいただいたけれど ここを逃したら本当に行けない と思い 最大にお礼を申し上げて 退職させていただいた。 そしてようやく 2回目の英国へ行くことにした。
すでに初渡英から6年経過して2006年になっていた。 = 紅茶の道に入って5年経った。
ようやく 英国行きの信号が赤から青に変わりました。
2006年 ロンドン