Ameba Ownd

アプリで簡単、無料ホームページ作成

脳性麻痺ライター・著者 東谷瞳  |障害と生きる日々

6.行きたいのに行けない——親の不安という壁

2026.06.15 21:57

「行きたい」

その一言が、すぐに「いいよ」につながらないことがある。

外に出たい。

友達と遊びに行きたい。

新しい場所に行ってみたい。

そんな気持ちがあっても、現実にはもう一つの声が重なる。

「大丈夫なの?」

「何かあったらどうするの?」

それは、親の不安だ。

子どもが困らないように。

危ない目に遭わないように。

つらい思いをしないように。

守りたいという気持ちは、とても自然で、まっすぐなものだと思う。

でも、その優しさが、ときに「行けない理由」になることもある。

Flowerの中でも、こんな声があった。

「自分は行きたいのに、親が人の目を気にして外に出るのを嫌がる」

周りにどう見られるか。

迷惑をかけないか。

変なことを言われないか。

本人だけでなく、家族もまた、社会の中で不安を抱えている。

だから、「やめておこう」という選択になる。

その選択を、誰かが簡単に否定することはできない。

実際に、外に出れば何かが起きるかもしれない。

嫌な思いをすることだって、ゼロではない。

それでも、心のどこかで思う。

——このままでいいのだろうか。

外に出る経験が少ないまま、大人になっていく。

できるはずのことも、「やったことがないからできないまま」になる。

そしていつの間にか、「できない理由」が増えていく。

本当は、「できない」のではなく、

「やる機会がなかった」だけかもしれないのに。

親の不安と、本人の「やってみたい」という気持ち。

その間で揺れる時間は、決して少なくない。

どちらが正しい、という話ではない。

どちらにも理由があって、どちらにも想いがある。

だからこそ難しい。

でも、Flowerで出たある言葉が印象に残っている。

「まずは、親と本人の“出かけよう”という気持ちが大事」

環境が整ってから、ではなく。

不安がなくなってから、でもなく。

まずは、「行ってみたい」と思うこと。

そして、「行かせてみよう」と思うこと。

その小さな気持ちが、最初の一歩になる。

いきなり大きな挑戦でなくてもいい。

近くの場所に行ってみる。

誰かと一緒に出かけてみる。

少しずつ、経験を重ねていく。

その積み重ねが、「大丈夫かもしれない」に変わっていく。

不安が消えることは、きっとない。

でも、不安があるままでも、一歩を踏み出すことはできる。

その一歩を、どうつくっていくのか。

それは、本人だけの問題でも、親だけの問題でもなく、

社会全体で考えていくことなのかもしれない。