タメ語で話してもらうと嬉しい理由 2026.06.16 06:46 私は昔から、「先生」という立場に興味がありません。ヨガを教えることは大好きです。身体のことを伝えることも大好きです。でも、先生らしく扱われることには、魅力を感じないんです。私が興味があるのは、その人がどんな人なのか。何を感じているのか。何が好きなのか。どんなことにワクワクするのか。そんなことです。だから私は、生徒さんにもっと気軽に話してもらえたら嬉しいなと思っています。(だいぶそんな感じになってきていますけどね♡)もちろん、美しい日本語が好きな方もいますし、丁寧な言葉で話すことが心地よい方もいます。それはその人の感性なので、そのままで素敵です。だから無理にタメ語にしてください、という話ではありません。そこは大人なみなさんにお任せします。ただ、もし、「先生だから敬語で話さなきゃ」「タメ語は失礼かな」と思っているなら、私はまったく気にしていません(笑)。むしろ、私をタメ語の練習台にしてみたらどうですか?と思っています。敬語って、意外と脳みそを使うんですよね。「この言い方で失礼じゃないかな」「ちゃんとして見えるかな」「先生にはこう話した方がいいかな」そんなことを考えているうちに、本当に言いたかったことがどこかへ行ってしまうことがあります。もちろん、敬語そのものが悪いわけではありません。でも私は、時々思うんです。そんなに頭を使わなくてもいいんじゃない?って。もっと、「ねぇ、聞いて~!」でもいいし、「私はこう思う!」でもいい。実は、タメ語のおかげで私自身、大きく変わったことがあります。それは、義理の母との関係です。以前は、なんとなく水臭いというか、少し距離のある会話をしていました。もっと信頼してほしい。もっと仲良くなりたい。そして正直に言えば、私自身ももっと楽になりたかった。そこで思い切って、義理の母との会話をほとんどタメ語に切り替えたんです。そうしたら、びっくりするくらい関係が変わりました。今、義理の母は私のことが大好きです。そして私も義理の母のことが大好きです。「ねえねえ、しほちゃん聞いて。」そう言って電話をかけてきてくれます。大変だったこと。しんどかったこと。ちょっと嬉しかったこと。ただ話を聞いてほしくて、嬉しそうに電話をかけてきてくれるんです。私も、「いつでも電話してきてね。待ってるよ。」と返しています。義理の母のところへ行ってお手伝いをした後も、「あ〜疲れた!もうクタクタ!」なんて、その瞬間にそのまま口にしています。以前だったら、疲れた、なんて言わないし、むしろ「大丈夫です。」と言っていました。でも今は違います。嬉しい時は嬉しい。疲れた時は疲れた。助けてほしい時は助けてほしい。そのまま言える。タメ語は、嘘のない関係になれるんです。敬語でもいい。タメ語でもいい。大切なのは、その言葉が誰かの正解ではなく、自分の感覚から出てきた言葉であること。私はタメ語そのものが好きなんです。タメ語になると、その人らしさがふっと顔を出してくれるから。どこへ行っても、その自分でいられる心地よさは、何にも代えがたいものだと思っています。だから、うっかりタメ語が出ちゃっても大歓迎です(笑)。むしろ私は、その方がちょっと嬉しいです。皆さんの素の魅力や面白さも、もっと知っていきたいですから。これからも遠慮なく、気軽に話しかけてくださいね。